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百鬼夜行抄 二次創作

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伶(蝸牛):絹の父・八重子の夫 覚:絹の兄・長男 斐:絹の姉・長女 洸:絹の兄・次男 環:絹の姉・次女 開:絹の兄・三男 律:絹の子 司:覚の子 晶:斐の子

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喫茶店から戻れば久さんが来ていて窓を拭いてくれていた。
「あ、お帰りなさい。顔色少し良くなりましたね」
「待たせたかしら?」
さっき来たところ、と久さんが答えて兄さんと姉さんが戻ってきた。
「お邪魔してます」
「さっき絹から話を聞いたんだが」
「ああ、では居間でお話ししましょうか。私は手を洗ってきますね」
皆の分のお茶と久さんのアイスコーヒーを出して落ち着かない気持ちでいると久さんが戻ってきた。

「絹ちゃんに聞いたのだけど、あなた開と結婚するの?
 絹ちゃんのために?」
「ええ。はい。私にとっても利点は多いですし」
久さんは先に考えてあったのか流暢に話し出した。
兄さんも姉さんも私も、確かに納得できることばかり。
来月にでもあちらのご実家へ挨拶という話になった。
おうちの方へは久さんが連絡してくれるそうで、本人は多分やっと身を固めたかくらいしか言われないと言っているけど心配だわ。
だって兄さんの経歴が問題だもの。
「うちの社長にも勧めて貰いますから大丈夫ですよ」
心配しないで、と言うけれど。
いくつか家のことや結婚した後のことについて話をまとめて兄さん達は帰っていった。
「さて。買い物行きますが何か買う物有りますか?
 それとも一緒に行きますか?」
もうそんな時間だったのね。少し迷ったけど一緒に。
何を食べたいとかはまだ思いつかなくて久さんが隣で言う献立。
牛肉のオレンジソース、新タマネギとエリンギのソテー、サラダ水菜とチリメンと油揚げのサラダになった。
相変わらず健啖家でついつい釣られて私も食べてしまうのよね。
九時頃に眠くなって久さんに寝かしつけられてしまった。

翌朝は開兄さんと環姉さんが来て話し合い。
いくつか話を詰めないと、と久さんが中心で環姉さんは相続やお金のことも。私や久さんがどちらが先に死ぬかは分からないからとお墓や茶道教室、茶道具のことまで。久さんは考えてきたことと新たに出て来る様々なことを一つずつ相談しながら姉さんと根気よく怒らず話している。
まだ死んだときのことまで決めなくても、と私は思ったのだけど。

とりあえず私が先に死んだときは茶道教室は律のお嫁さんと二人三脚で、その後はお嫁さん次第にすることや、久さんはうちのお墓に入ること。
久さんは基本的には飯嶋を名乗らず山沢のままでいること、これはもう年が年なので今更ですと久さんが言ったからだけど。
途中から律が話に参加して、まあ良いんじゃないの。なんて。

お昼ご飯のあとからは律のお嫁さんも一緒に。
「この場では言いにくいだろうから何かあれば律君に」
と久さんが言い、要点をまとめて箇条書きにしてくれた。

話が付いたこと、私たちがこれからしなきゃいけないこと、久さんがこれからすること。結婚式はしないこと。うちの親戚との顔合わせと言っても数人だから、こちらはもういいこと。久さんのお身内とは私と兄さんが京都へ向かうときに。

結婚って大変よねえ。
律の時にもしたはずなのだけど。
あの時はまだおばあちゃん元気だったものね。
少し遠い目をしていたら久さんに背中を撫でられていた。
「あらもうこんな時間、そろそろ帰るわ」
「姉さん、今日はありがとう」
「あんたご飯もうちょっと食べなさい。山沢さん、絹のことよろしくね」
「はい。先生のことは出来るだけさせていただきます」
いつまでも先生呼びなのは直らないのよね。結婚したら変わるのかしら。

後で聞いたら絹さんと呼ぶことになるかもしれないと言っていたわ。

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閑話 許状と車

先生のお宅に内弟子として通うようになって2年。
円真の許状をいただき、正引次を申請となった。
最近は真之行・円真・正引次まとめて申請することが多いとのこと。
許状が届けばこれで講師となる。
どうやら講師を取って一年程度で茶名の申請になるらしく。
そこは先生の用心深さというか、二年後の申請になった。
何になるかな? 宗久じゃないか? などと言っていたのだが、
やはり宗久となった。
これから益々修業なのよ、と先生から。

ちょうど良い機会なので車も買い換えることにした。
グランドチェロキーはそのままで新型が出て試乗したら結構良かった。
深みのある赤から少し鮮やかになって、そして機能が増えた。
暫くは慣れるために一人であちこちドライブして、それから先生を乗せた。
さすがに慣れない車に大事な人を乗せるのは好きではない。
レンタカーはしかたないけれど。
左ハンドルも右ハンドルも乗れるの? と良く聞かれるが
仕事では右ハンドルに乗るからなあ。
軽トラとか冷蔵車とか。
かといってバンは好きじゃないんだよな。
左ハンドルだと運転席の後ろに乗せるときに回り込ませなくて良くて。
あれは利点だと思う。

先生はセダンや軽を可愛いと言うけど荷物が載らないんだよな。
他のお弟子さんからも見た目がなんとなく変わった気がするなどと。
それから準教授は2年後から取れるらしいが先生では申請できないとのことで取り敢えずはお稽古を続けつつ先生がそろそろと思えば上の先生に依頼してくださるらしい。

「あなたの場合、うちを任せる形にもなるでしょうし。
 私の代わりができるようになったら申請をお願いしてあげるわね」

今はまだ"手代"かな。手の代わり。先は長い。

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三日ほど迷って。
覚兄さんと斐姉さんが様子を見に来てくれた。
「絹、お前、痩せたな」
「ちゃんと食べて寝てるの?」
二人にも心配を掛けてしまって。
「やっぱりしばらくこっちにいようかしら」
「お前だって家のことがあるだろう」
意を決して相談。
「兄さん、あのね。山沢さんから提案があって」
かくかくしかじかと二人に説明、うまく言えたかどうか。
「あら、いい話じゃない。山沢さんは絹ちゃんのこと、よく見てるのねえ」
「うーん。いやいい話とは思うよ。山沢さんの利点がない気がするが、それは本人がそれでいいならいい。それより山沢さんの親御さんやそのほかのことがだな」
「まあそのあたりは今度山沢さんを呼んで話しないといけないわね」
兄さんも姉さんも三人がそれでいいなら、と言ってくれたわ。
少しホッとして。そうね。そうだわ。
あちらのお母様にご挨拶をしなきゃいけないのよね?
「兄さん、ならあちらへのご挨拶はどうしましょう」
「そうだな、本当は長男の俺が行くべきなんだが。お前が行ったら良いんじゃないかと思うんだよな。ずっとお前と暮らしてたようなもんだろう」
まあ、そうなのだけど。私でいいのかしら。
「こんな時にお母さんがいてくれたら聞けたのに」
「まあ、でもこんなときだから山沢さんが結婚する気になったんじゃないのかしらね」
「お前を見るに見かねたんだろうな」
「環には私から言っておくわ」
「じゃあ洸へは俺から言っておくから。山沢さんは次はいつ来るんだ?」
土曜の昼からか火曜の昼から、と答えて気がついた。
「あっそろそろお昼過ぎちゃうわね。だからもうすぐ来るわ」
「今日か。わかった」
「ご飯、まだ用意してないのだけど」
「そこの喫茶店でも行こう。山沢さんには連絡しておきなさい」
「はぁい」
久さんに、喫茶店へ行くと連絡して三人で久しぶりの喫茶店。
なんだか久しぶりにお腹が空いた気がした。
といってもモーニングセットでおなかいっぱいなのだけど。

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二人とも話し合ったり、喧嘩をしたりの5年が経ち。
めっきり私がガチで切れることも先生の嫉妬も最近は少なくなり。
私は京都の拠点を引き払うことにした。
そろそろ東京に定着したといっても良いだろう。
大半が捨てても良い物でトラック1台、集積場を往復するだけで済んだのは幸いだった。
ここを借りて25年、か。
悪友くらいしか泊めたことはなかったな。
半ば物置にしていた自室を引き払った。
しかし築地の自室とて市場の引っ越しで通勤には不便を感じるようになったので、
よくよく相談して豊洲に住み替えることにした。
3LDK+納戸で実質の居住性は変わらず、防音もしっかりしている。
ガレージも近い。良い物件を紹介してもらえた。
月に25万ほど浮くようになり、今後を見越して貯蓄することにした。
いつか先生と二人暮らしするかもしれず、また振られて一人の老後もありうるからね。
先生宅へは電車は乗り換えが増えたのでもっぱら車で通うようになり、
会社にも公認、休出は基本なくなった。
ただ結婚は親からも社長からもせっつかれている。頭が痛い。いい加減諦めて欲しい。
もう50が近いこんな年だぞ。
時折先生と小さな見解の相違があったりもしつつ過ごしているうちに、律君が結婚した。
お弟子さんのお孫さん。
私の立場の説明はほぼ不要、と皆が思ってたのだが実際はお稽古が終われば家族のように扱われている私を見てずいぶんと驚かせることになった。
あと風呂から出たときに三度見くらいされた。
多分、普段の格好からつい男と思ってしまうからだろうが。
そんなこんなで先生には孫が出来て。
青嵐の使っていた体の消費期限が来た。
具体的には腐り始めたというわけだ。
先生にはそろそろ諦めて土に返そうと言ったのだが中々思い切られずに半月。
冬で良かったとは思うがやっと葬儀をした。
八重子先生は孝弘さんという相手がいなくなり少しずつ床に伏せることが増えた。
その頃からしばしば絹さんの兄姉たちが来て八重子先生と話し合っていた。
どうやら先生や開さんの老後を頼んでいるようだ。
律君達もいるとはいえ、母親としては娘の今後が心配なのだろう。
訪問介護が入ってはいるが家事は手伝えない決まりらしく、
先生の手の回らないところを補助することも増えた。
お稽古日も通院のため午前の日を一日減らすことになったがお弟子さんたちは皆さん、ご納得。
じわじわと起き上がれない日が増えて。
ある朝には事切れていた。
苦悶の表情もなかったそうで老衰として医師の死亡診断書も降り、
通夜、葬儀と私も手伝いに入った。
二、三日は覚さんたちが先生についてはくださるし、
夜も泊まられるとのことだがその後が心配になった。
やはりその心配が当たり先生は顔色悪く日に日に痩せて、クマが酷い。
少し迷いはしたが開さんを呼び出した。

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家を広く感じる

そんな冗談を言ったり言われたり、喧嘩をしては仲直りしているうちに律にお嫁さんが来て。
子供も生まれた。
その頃には夫は腐り始めていて律や久さんからそろそろ還した方が良いといわれたのだけど
迷い続けて半月、指が落ちたので葬儀を出すことにしたの。
母も葬儀の後は気落ちしたのか寝付くことが増えて……。

昨日、母の葬儀が終わった。

兄姉達が殆どしてくれて泊まってもくれてるけど明後日からは律と二人。
お嫁さんと子供は居るけど離れだもの。

皆が普段の生活に戻る中、私と律はおばぁちゃんとつい声を掛けたりしてしまう。
この家、こんなに広かったかしら。

久さんが来てくれる日は少し心強くて。

泊まってくれる日は少し眠れる。

昼間は孫を見たりして慰めになるけど夜は一人、この広い家にたった一人。

久さんがしばらくうちへ来ないかとは言うけれど。
母の物を片付けたりもあるから。

中々片付けられなくて、何かひとつ見るたびに泣けてしまうのよね。

数日後、久さんが開兄さんと一緒に話があるって、何かしら。

「先生、開さんと話したのですが私と開さんの籍を入れたらどうかと思うのですが、いかがでしょうか」

そんな、あなたも私を置いていくの……?

「メリットを言いますね。まずは私が四六時中この家に居ても問題化されません。
 常にあなたの補佐をしても誰も文句が言えません。
 あなたのために会社を休んでも家の問題として休めます。」
「僕にとっては信用だね、この年で独身は部屋も借りれないんだ。
 山沢さんと籍が入っていれば部屋を借りられる」

困惑していると、全てはあなたがうまく動くために考えたいんです、と久さんが言った。

「これはまだ開さんとあなただけにしか話してません。
 宜しければ先生のお兄さんやお姉さん方とよくよく相談してみてください」

「うん、今日のところは僕たちは帰るから覚兄さんとか律とか、相談したら良いよ」

今日は違う意味で寝られ無くなっちゃったじゃないの……。

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