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百鬼夜行抄 二次創作

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伶(蝸牛):絹の父・八重子の夫 覚:絹の兄・長男 斐:絹の姉・長女 洸:絹の兄・次男 環:絹の姉・次女 開:絹の兄・三男 律:絹の子 司:覚の子 晶:斐の子

519

先生もお疲れだが俺もそれなりに疲れている。
夏までに退院して欲しいものだ。
数日後、大型店に連れ出していろいろ買物していると先生が何かに目をとめた。
「どうしました」
「あっ、なんでもないわ」
見てたのは……首輪?
「いま犬は飼えませんよ? 手が掛かりすぎる」
「そ、そうよね、ええ、飼えないわよ」
あれ、ちょっと頬が赤い。
先生はすぐにその場を離れて他の消耗品を籠に入れはじめた。
車に戻ってから聞き出す。
「先生。あなたまた私の雑誌読んだでしょう」
「う、わかっちゃった?」
「今回はなんですか、首輪されたいんですか? 暇になったらつけてあげますよ」
「そうじゃないのそうじゃないの。つけないで頂戴っ」
きゃあきゃあと騒いでいる。
「いやぁつけてるところも見たいね。後で首のサイズ測ろうか」
「やだ、もうっ。忘れて頂戴よ」
たまにはこういう会話も楽しい。
帰宅して、夜。
布団の上で座ったまま抱き寄せる。
「本当はねぇ。夜桜にあなたを縛り付けて。ほろほろと散り行く花を楽しみたい」
想像したらしくほんのりと顔を赤らめている。
「だめ、そんなの…」
久しぶりに抱きたくなって少し言葉で弄る。
ゆっくりと先生のおっぱいを揉みつつ。
久々の肌を楽しむ。
「ねぇ、じらさないで…」
珍しくねだってきたので横たえて裾を割った。
「随分濡れてますね」
「やだわ、恥ずかしい…久しぶりだもの…」
「可愛いな」
久しぶりに肩を噛まれ、背に爪痕を残されるほどで。
先生もそれなりに俺を欲していたのかもしれない。
ただ疲れと眠気が勝っていただけで。
翌朝、先生は朝ご飯に間に合わなかった。
溜息をつきつつ遅めの朝ご飯を食べられてからお見舞いに行く。
リハビリは順調なようでそろそろ退院したいけど、と仰る。
が、お医者様がもうちょっとと言うからと八重子先生も我慢されてるようだ。
「まだ床からの立ち上がりが不安定でして。
 それが確実に出来るようになれば帰って構いませんよ」
どうやら早期退院させて、転倒骨折で再入院がいやなんだそうだ。
俺達にしても早く帰ってきては欲しいものの、転倒事故は困る。
先生は八重子先生の愚痴を聞いては宥めている。
そのストレスは車の中で俺に発散だ。
別に良いけどね。
たまには半日くらい家を空けても良いんじゃない? 俺の為に。
そうは思うが要求されるのもストレスになるだろうし諦めた。
帰宅して食事の支度をしていると雨が降ってきて。
桜が散ってしまう。惜しいな。
「明日、庭掃除が大変ねえ」
「確かに」
情緒と言うのは余裕あってのものだな。
ご飯を食べて後片付けをして帰り支度をする。
「わ、結構降ってますね」
「車で来てるのよね、気をつけて帰って頂戴よ」
「帰るの面倒になっちゃったな」
「お仕事でしょ?」
「休みたいなあ」
「私だって…休んだら? って言いたいわよ。でも駄目」
本当に気をつけてね、と送り出されて渋々帰宅する。
雨の夜の運転は好きじゃない。
それも会いに行くんじゃなく帰るんだから億劫だ。
翌日も降り続き、折角の桜のシーズンなのに花見も出来やしない。
そんなわけで仕事も暇だ。
止んで欲しいなぁ、花見したい。
先生に余裕がないから無理かもしれないけど。
いっそ八重子先生を巻き込めば出来るかな。
当日でも外出許可はもらえるだろう。
仕事が終わり、先生のお宅へ。
お稽古しておられる間に家事を済ます。
最後の生徒さんが帰られたので水屋へ入った。
「久さん、ちょっとこっちへいらっしゃいな」
「はい?」
「お稽古つけてあげるわ。最近出来てなかったでしょう?」
「いいんですか?」
「台子は出してないから荘物か何か…そうね、茶筌飾りはどう?」
「支度してきます」
手早く用意をして、お稽古のお願いをして見ていただく。
少し手直しをされはしたものの全体的には可の評価。
「お稽古してなかった割には良かったわ」
「ありがとうございます」
「でもこのままじゃ駄目ねぇ…。お稽古の日程考え直さないと」
「そうですねぇ。律君がお嫁さん貰ったら別ですが」
「まだ早いわよ」
「そうか律君が稼ぐか…無理か、文系じゃ」
「今って大卒でも就職できないのよねぇ」
ほぅ、と溜息をついている。
先生も心配なようだ。
「ところで。散らないうちに花見しませんか」
「あら、いいわね」
「八重子先生をお誘いしてどこか行きましょうよ」
「お母さんも?」
「そのほうが先生は気が楽でしょう?」
「そうねぇ」
自分だけ楽しんで、なんて思ったりするだろうし。
片付け終えたらおかずを温め、ご飯だ。
4人で夕飯を食べる。
先生がもはや眠そうだ。
「もう寝たら?」
「そうするわ、悪いけど後お願いね」
ご飯を半分ほど残して部屋に去って行かれた。
やっぱり一昨日の疲れが尾を引いているようだ。
暫くは無理だな、これは。
先生の残ったご飯は孝弘さんが食べて始末がついた。
「さてと。洗い物をしたら私も帰るから。戸締りと火の始末はよろしく頼むよ」
「あ、はい。じゃお風呂入ってきます」
「うん」
台所を片付けて、一応茶室の炭を確かめる。
よし、問題はないね。
帰る前にちょっと先生の寝顔見てくるか。
そろりとお部屋に入って眺める。
額に縦皺つけてなにかいやな夢でも見ているのだろうか。
頭をなでているうちに穏やかな顔になってきた。
可愛いなぁ。
仕事がなければずっとこうしていたいがそうも行かない。
ある程度で諦めて部屋を後にした。
帰宅して、暗くて片付いてない自室。寂しいなぁ。
ベッドに潜り込み、溜息つきつつ寝た。

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518

翌朝、起きるべき時間になっても先生は寝ていて。
そのまま布団に残して朝食の支度に立った。
結局先生は昼前に起きてきて。お腹がすいたと訴える。
あと一時間もすれば昼飯を作るんだが…。
「冷蔵庫にカステラあるから切って頂戴よ」
「それなら」
「ん?」
「昨日孝弘さんが食べちゃいましたよ」
「あぁそう…なの。なにかないかしら…」
「買ってきましょう、ちょっと待っててくださいね」
「悪いわねぇ」
スイーツで良いだろスイーツで。
がっつり甘そうなデザートを買ってきて渡すと嬉しそうに食べ始めた。
ほほえましい。
先生は食べ終わって庭掃除を始めた。
昼飯の支度は先生がするといってるから茶室の掃除をしよう。
「ところで律は?」
「あぁ、なんか用があるからって朝から」
「そう? じゃお昼からお母さんの病院付き合ってくれない?」
「お見舞いですね、わかりました」
茶花の手入れをしている姿もいいな、うん。
丁寧に障子の桟を拭いてそれから畳を拭いて、ふと顔を上げれば最早いない。
台所から微かに物音が聞こえる。
今日の昼はなんだろう。
食事を作る音は好きだな。
小さな茶室でも丁寧に掃除をすると汗をかく。
毎日ここまではできないなぁ。
先生はやっぱり偉いや。
水屋を掃除し終え、手を洗って戻ると丁度出来たようだ。
「お父さん呼んで来て」
「はーい」
三人で食事を取って、それから先生を乗せて病院まで。
車中、先生に謝られた。
「ごめんなさいね、昨日…したかったんじゃない?」
「いや。あなたの睡眠時間のほうが大切ですからね。寝れなかったんでしょう?」
「そうなの、どうしても布団に入ると静かでしょ、いろいろ考えちゃって」
「考え事は一番ダメですよねー、布団入ってからは」
「そうなのよね。昨日はあなたもいたし、寂しくもないから、つい」
「いいよ、疲れてるんだしね」
到着して病室へ移動する。
今日は目の下にクマがないね、と八重子先生。
なんだ、心配してたのかな。
「そうなの、昨日久さんが泊まってくれたから」
「そうかいそうかい、良かったねえ
「お母さん、調子はどうなの?」
「毎日頑張ってリハビリしてるよ、早く戻らないとね」
「そんなに焦らなくてもゆっくり直したら良いわよ」
「やぁ先生、卒中後はなるべく早く、頑張らないと長引きますよ」
「でも…」
「最初に皆で手伝ったら後遺症が辛い、なんて事が良くあるんです」
「そうだよ、後悔はしたくないからね」
「八重子先生、その意気です! 手伝っていい事はお手伝いしますから」
「そうなの?」
「あ、先生は甘くても良いです」
「なぁに、それ」
「一人くらい甘い人がいないとストレスたまるじゃないですか」
「あぁそれはそうだね」
「と言うことで担当は先生で」
「ところでうちの方は?」
「昨日朝からお稽古してみたけど一人って結構大変だわね」
「そうだろうねえ。朝は少し遅めからにして時間も短縮にしないといけないと思うよ」
「うん、じゃないとお昼ごはん作れなかったもの」
「明後日は時間調整して再チャレンジします?」
「そうね、そうしようかしら」
「来月には再開して欲しいねえ」
「なるたけ頑張ります」
喋っているうちに昼のリハビリが始まってしまった。
先生は真剣な顔で見ている。
間接が固まってしまわないように、筋力を落とさないように。
初期のリハビリは本当に大事だ。
病院の帰り道に夕飯の買物をする。
一度帰ってからは面倒だからね。
そんなこんなで八重子先生がいないお教室の運営を始めたが結構大変だ。
主婦が別に一人いるから回る面もあったわけだなぁ。
今後を見据えれば稽古日を減らし、生徒数を絞らねばなるまい。
お花をメインにしていかないと時間のやりくりがつかなくなる。
だがまぁそれは先生と八重子先生で話し合うべき問題だ。
律君も学校がない時間にお見舞いに言ったり家事を手伝ったりと忙しくしている。
こういう時一人っ子は大変だ。
たまに晶ちゃんが着て孝弘さんの面倒を見てくれたり。
それでも先生はあまり愚痴は言わない。
夜になって疲れて寝てしまう日々だ。
時折思い出したように俺に謝る。
今は慣れない忙しい生活、俺にしても夜は眠いから我慢くらい出来る。
ある日ふと先生が空を見上げた。
「あぁ、もう春なのねぇ」
「春ですねぇ」
「忙しさにかまけて忘れちゃってたわね」
「仕方ありませんよ」
「暖かくなったわ、そろそろお道具も変えなきゃいけないわねぇ」
「うん、お手伝いしますよ」
茶道具から春らしい水指や茶碗を出す。
「ひな祭り、去年はあなたと美術館行ったわね。覚えてる?」
「ああ。行きましたっけねぇ。ですけどあれは節句の後では?」
「そうだったかしら。あ、そうね、ひな祭りはうちにいらっしゃいって言った気がするわ」
「今年は来てましたけど、そんな暇なかったですねえ」
「来年こそはしましょ」
「はい」
冬のイメージの強い道具は片付けて奥へやり。夏のものを手前へ出す。
「夏までにはお母さんも帰ってるからきっと…」
「あ。ベッドは必要になるかもしれませんね」
「どうかしら」
「まぁ退院近くなったらあちらの先生方と相談しましょうね」
床からの起き上がりは残った後遺症によっては難しいから。
日本家屋対応リハビリをしててくれることを祈ろう。
なんとかお稽古と仕事、家事を両立させる日々。
気づけばもうすぐ桜が咲きそうだ。
「お花見、したいですね」
「そうねぇ」
お夕飯を食べて俺は洗い物、先生は縫い物や瑣末な家事を。
茶室の掃除は俺の仕事。
明日朝一から先生がお稽古しやすいように。
「終りました」
「ご苦労様、お茶入れるわね」
先生と二人で飲んで、すっかり暗くなった外を眺める。
「帰りたくなくなるな」
「お仕事、あるんでしょ? だめよ」
しょうがない、休めないし帰るか。
今日は早めに追い出されて、帰宅後は眠りをむさぼる。
アラームがなるまで熟睡していたようだ。

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517

翌朝、仕事も手につかぬまま時間になって。
切り上げて先生のお宅へ。
先生がいない間に掃除や洗濯をした。
三時ごろ、電話があり買い物を頼まれる。
今日の晩御飯の分だ。
帰宅した先生と食事を作り、食べたらすぐにお別れ。
暫くはこういう日が続くだろう。
出来るだけサポートしようと思う。
明日は泊まっていってくれるわよね、と念を押された。
念押しせずともいつも泊まっているのに。
それだけ寂しいのかもしれない。心細いのか。
翌日の昼に伺うとまた不在、と思いきや。
居間を開けたら孝弘さんが転がってた。
「あれは茶室におるぞ」
「あ、こんにちは。ありがとうございます」
茶室へ行ってみると一人でじっくりお稽古されている。
「山沢です、入ります」
「あら。こんにちは。いらっしゃい。もうそんな時間?」
「そうですね、そんな時間です」
「ちょっとお正客してくれないかしら」
俺へのお稽古にもなるので二つ返事で席に着いた。
お茶を頂いて問答を交わす。
渇いた喉に濃茶はちょっと絡むが甘くてうまい。
こほ、と咳払いをしてしまった。
気づかれてお薄を別に点ててくださった。
「うっかりしてたわね、ごめんなさいね」
「いえ、おいしかったですよ」
「そう? ありがと」
流れるように仕舞われてすべてを片付けて襖を閉められた。
水屋に向かい先生に挨拶をする。
「お稽古ありがとうございました」
「こちらこそ」
くぅ、と先生のお腹がなる。
「お昼、まだだったんですか」
「いけない、いま何時かしら。お父さんのご飯しないと」
「してきましょうか? というかいつからお稽古してたんです?」
「6時半から支度して今まで…」
「それは随分としたものですねぇ。待っててください、支度しますから」
炊飯器を見ると食べつくした形跡がある。
孝弘さんが空腹に負けたようだ。
ご飯を新たに炊いてその間にいくつか作る。
今日は根深汁に味噌漬けを焼き、菜花のおひたし。香の物。
朝に買い物してないからこんなものだ。
「できた?」
「ええ、もうすぐご飯も炊けます。これでいいですか?」
「玉子焼食べたいわ」
「…甘いのか辛いのかどっちですか」
「今日は甘いのがいいわね」
「はいはい、待っててくださいよ」
そういえば乾燥のエビがどこかに…あった、桜海老。
出し巻きにしないように気をつけて作る。
「お父さーん、ご飯ですよー。遅くなりましたけど」
「先生、出してってもらえますか」
「はぁい」
お味噌汁を運んで席に着く。
「いただきます。あら、おいしいわね」
「お腹すいてるからでは?」
箸の進みが速い。
ぱくぱくと食べておかずが減る。
食欲魔人が二人。
先生が先に箸を置いた。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「お粗末さまでした」
残ったのを孝弘さんが全部食べる。
先生はそれをにこやかに眺めつつお茶を飲んでいる。
孝弘さんが食べ終わって先生はトイレに、俺は食器を下げて。
「久さん、ね。お買物行きましょう」
「ああ、はい」
そうか、八重子先生がいないからには買出しも行かないと。
律君と二人で買い物は時間が合わないしね。
それに女のものはたとえ親子でも買いにくいだろう。
「お父さん、すみませんけどお留守番お願いしますね。炉の火は落としてませんから」
「わかった」
いつものことゆえ大丈夫だろうが先生はちょっと過敏になっているのだろう。
助手席をいつもならねだるられるのだが何も言わず定位置に乗ってくれた。
トイレットペーパーや生理用品、ティッシュなどかさばるものを買って積み込む。
それからおかずになるものを。
帰宅してすぐ、茶室に呼ばれた。
「お稽古するから。あなた暫くお正客ね」
はいはい。
残り火から炭に火を移し湯を沸かすその間に交代でトイレを済ませ手を清めた。
そろそろ湯も沸いたようだ。
先生が少し炭を直されてお稽古が始まる。
よどみなく先生の手が動く。
何度目かのお稽古を終え、先生に夕飯の支度を頼まれた。
もう一度か二度、お稽古は出来る時間だ。
支度をして律君の帰りを待つ。
今日はそんなに遅くならないというから。
孝弘さんが空腹を訴えだした頃、先生が水屋を片付けて戻ってきた。
「律、まだかしらねぇ」
「孝弘さんだけ先にしましょうか?」
うーん、と時計を見て少し悩んでいる。
「もうちょっと待ちましょ」
三人だけは少し寂しいらしい。
孝弘さんじゃ会話にならんからなぁ。
少し待つと律君が帰宅した。
よし、出そう。
待たなくても良かったのに、と律君が言うが先生の気持ちも考えろ。
食事の後順次風呂に入って火の始末、戸締りを用心深く確かめる。
さてちょっと早いけど寝るかね。
布団を敷いて先生の寝支度を眺める。
寒くて手早く済ませもぐりこんできた。
頭を撫で、背中をなでる。
すぐに寝息が聞こえてきた。俺の胸に頬寄せて。
そういえば目の下にクマがある。
どうやらここ暫くはよく眠れなかったようだ。
俺も寝息に引き込まれ、寝た。

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516

料亭につき挨拶を交わして席に着く。
宗直さんはいないが古株のお姐さんがいる。
相手をしてもらうことにした。
会合も無事終わり、いそいそと帰宅する。
あれ、先生、来てない。
どうしたんだろう。
電話をしてみた。
「もしもし、先生? 来なかったんですか?」
『それが大変だったのよ~。おばあちゃんが倒れて』
「ええっ! どうなんですか容態っ」
『うん、なんとか意識も戻ったの。それで開兄さんも見つかったって』
「開さんも?」
『それで明日お稽古お休みにするから。あなたどうする? 来る?』
「手が足りないのなら手伝いに行きますよ」
『うん、そうして頂戴』
「とりあえず明日昼にお伺いします」
『いないかもしれないけど鍵もってるわよね』
「持ってます。勝手に入って待ってたらいい?」
『そうしてくれる? あ、ちょっと待って』
後ろで何か会話しているようだ。
『ごめんなさい、込み入った話するから後は明日』
「はい。疲れないように早く寝てくださいね」
『ありがと、じゃまたね。おやすみなさい』
「おやすみ」
電話を切ってみたものの心配だなぁ。
でもできることは何もないので早めの就寝となった。
翌日仕事が終わり次第車で駆けつけた。
やはり先生は居られなくて孝弘さんがお留守番。
律君は開さんの病院、先生は買物らしい。
「はらへった」
「はいはい、お昼は食べたんですかー?」
「くった」
「じゃ何か、そうだな、パンケーキでもいいですか」
「まんじゅうはないのか」
「ちょっと待ってて、あ、いやないみたいですよ」
「仕方ない」
台所へ入って勝手知ったる他人の家、ホットケーキミックスで作って出す。
「開さん見つかったんですってね」
ふん、と横向いた。
やっぱり。
ちょっと悔しそうにしている。
「ただいまぁ。あら来てたのー、ごめんね」
「あ、先生。こんにちは。どうですか、容態」
「これから行くのよ。これほら、入院用の湯のみ」
「それじゃ洗いましょうか」
「お願いね、着替えてくるから。乗せてってくれる?」
「はいはい」
お箸やスプーン、フォーク、コップ、湯飲みに水筒。
これを見ると軽くで済んだようだ。
洗って拭いてひとまとめにして持ち出した。
「久さん、用意いいかしら」
「いいですよ。持っていくものはどれですか」
「この紙袋と風呂敷のもお願い」
「はーい」
車に積み込んで先生を乗せ、指示通り病院に着く。
玄関で荷物を下ろし先生に待っててもらうことにした。
駐車場に止めて急ぎ戻る。
「お待たせしました」
荷物を持って病室へ。
「お母さん、どう? 調子は」
「あぁ大丈夫だよ。今日お稽古の日だけどどうしたの」
「お休みにしたのよ」
「悪いねぇ…」
「こんにちは。お元気そうで安心しました」
「山沢さんも来てくれたんだね、ありがとう」
「いえ。どうですか、ご気分は」
「もうねぇ、早速リハビリさせられたよ。最近はそうなんだねえ」
「ああ、固まっちゃうといけませんから」
てきぱきと先生が荷物を片付けている。
「あ、久さん悪いけど売店でティッシュ買ってきて頂戴。忘れてたわ」
「はーい。他何か欲しいものありますか?」
「そうだねぇ、お茶。緑茶があれば」
「絶飲食じゃないならば。看護婦さんに確かめてからですよー」
詰所に行って聞けばお茶は構わないとの事。
炭酸はやめてとの事である。
売店で購入して戻ると覚さんの奥さんが来ていた。
「こんにちは」
「あらあら、まぁ。こんにちは」
俺たちの分も買ってきてたので渡した。
「ありがと」
「あら、いいのに」
部屋から出て待合で待っていると潮さんが来たようだ。
仕事の途中だろうに。
営業ってこういうとき良いよね。
先生の携帯にメールを入れて喫煙所へ。
自販機で煙草とライターを買って一服つける。
寒いがいい天気だ。
少し安心してぼんやりしていると先生から電話があった。
そろそろ帰ると。
煙草を灰皿に押し付けて病室に戻る。
先生は八重子先生といつから稽古を再開するか話し合っていた。
「来月からでいけるかしら。でも…」
「山沢さんに初心者組を任せたらいいよ」
「いいんですか、俺なんかで」
「あら。おかえり」
「あんた一応教えられる資格持ってるんだから。そろそろ慣れなさい」
「はぁ…」
「じゃ段取りが出来たらお稽古再開するわね」
「長く休みにすると生徒さん達に迷惑だろうしねえ」
「そうねぇ」
看護婦さんが来て八重子先生は検査へ。
「じゃ私たち帰るわね」
「はいはい、ありがとうね。気をつけて帰りなさいよ」
「では失礼しました」
二人連れ立って駐車場へ移動し乗車。
「助かるわ。あ、ついでに買物したいの。お夕飯なんにしようかしら」
「んん、簡単に出来るものが良いでしょう? お手伝いしますけど」
「そうねえ」
「さつま揚げと小松菜の煮物とか、牛肉とネギと菜の花の蒸し煮でどうですか」
「菜の花あるかしら」
「そろそろ出てませんかねぇ」
「有ったらそうしましょ。それだけじゃだめだから…」
「鶏と春菊のゴマ梅和え」
「あ、おいしそう」
「鮭あるならおろし和えでも良いかな」
いくつか提案すると献立が決まってきたようだ。
途中のスーパーで買物する。
菜の花もあり、肉も買う。
鮭と玉葱のマリネをする気になったようだ。
それともやしと人参?
カレー粉で炒めるらしい。
帰宅後は先生の指示通りに支度をして帰ってきた律君に孝弘さんを呼んでもらい食べた。
うまいけど一人欠けると寂しい。
先生が特に寂しそうで帰るときに後ろ髪をひかれる思いだった。
本当なら泊まってあげたいんだけど仕事があるから仕方ない。
明日も来る、と約束した。

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515

朝になって仕事をしていると社長が呼ぶ。
「折角芝居を、と予定入れさせたのにすまん! 会合忘れてたから行ってくれ」
「えぇーー、そんなのありですか」
「すまん、本当にすまん。すっかり忘れてた」
「もー! じゃ先生にお友達でも誘うように言います」
携帯から電話を掛け、先生を呼び出す。
「いまいいですか。芝居誰か他の人と行ってください。八重子先生でもお友達でも」
どうしたのよ、と聞かれて説明をするとわかってくださった。
電話を終えて溜息一つ。
あーぁ、久々のお出かけだったのにな。
会合の中身はまた芸者遊び。
他の奴ら、芸者はちょっとと敬遠するからなぁ。
ピンクコンパニオンの方が良いらしい。
当日来るの、誰だろ。宗直さんいると楽でいいんだけど。
若い子を相手にしちゃ先生に聞こえた時に困る。
古い人たちは外で声を掛けてこないし、掛けられたところで先生も気にしないだろうが。
若いのは営業しようとするのもいたからなぁ。
仕事を終えて面白くないので飲みに出た。
久々にくどいものを食べる。
塩辛く感じて、やっぱり先生の家のご飯に慣れているのと疲れてないのと。
夕方、思いついて髪結さんへ。
随分伸びたから切ってもらった。
襟元が少し寒い。
風邪を引かぬ間にあわてて帰宅。軽いものを食って早めに就寝した。
翌朝久々にネックウォーマーをつけて出勤した。
「お、短くなったなー」
「マジ寒いわー!」
「風邪引くなよ」
「ちょっと切っただけなのになぁ。くっそ寒い」
それでも仕事が忙しければ温まるんだが。
寒いなーと思ったまま帰宅して風呂が気持ちいい。
家を出る時に暖かい方のマフラーをして出た。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい。どうしたのそんなモコモコで」
「はぁ」
マフラーを取って見せると髪を混ぜっ返された。
「あらやだ、随分短くしちゃったのねえ。寒いの?」
「寒いです」
「火に当たってなさいよ」
居間に連れて行かれて炬燵に入れられた。
「いや、そこまで寒いわけでは」
「風邪引いたら困るじゃない」
「過保護ですよねえ」
八重子先生が笑ってる。
「しかしえらく切ったもんだね」
「なんか今流行の髪形も進められたんですが流石にそれは…先生とつろくしないので」
「つろく?」
「あ、ええと、釣り合わないかと思いまして」
「どんな髪型かしら」
「うーんと、そうだ。先日律君のお友達で白い服の子。あの子のような頭です」
「あぁ。あれはちょっとねぇ」
さてと温まった。もう良いだろう。
「そろそろ用意してきます」
「まだ良いんじゃない?」
「いや、そろそろしないといけません」
炬燵から出て水屋で支度をする。
整った頃生徒さんがいらした。
ほら、丁度良いじゃないか。
先生も戻ってきて挨拶を交わし、開始した。
まったりとした雰囲気でお稽古は進む。
先生の機嫌もまぁ良い。
そのまま俺へのお稽古にかかる。
優しい。やっぱり機嫌がいいときは優しい。
明日のことは知られないようにしないといけないな。
後片付けをしている間に先生は台所の手伝いへ。
おいしそうな匂いがする。今日は何だろう。
先生がご飯をよそう前に気づいた。
「待って、俺の良いですっ」
「…もしかしてひじき苦手なの?」
「すっごく苦手です」
「仕方ないわねぇ。冷凍庫の温めてきなさいよ」
「はい、すいません」
蕪と鶏の葛煮がおいしそうだ。
チンしてお茶碗に入れて戻れば律君以外席に着いている。
「律は遅くなるんですってよ」
「あらそうなの」
いただきます、と手をつけて肉の甘味噌炒めがうまい。
今日のメインは魚だから俺の分は別にしてくださっている。
菊菜の胡麻和えもうまい。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
「そういえば献立、どうやって決めてるんですか」
「ん?」
「ほら、こういうのいつも作られないでしょう?」
「そりゃあ買物行った時に目に付いたからとかそういうもんだよ」
「いやそういうんじゃなくて。たまに傾向が違う物が」
「あれじゃないの。お母さんが買ってくる雑誌」
「これかねえ」
あ、レタスクラブ。なるほど。
「ただいまー」
「おかえり、手を洗ってらっしゃい」
「うん」
手を洗って着替えてから戻ってきた。
「あぁおなかすいた」
くすくす笑って先生がご飯をよそってあげている。
お母さんしてるのも良いね、ほほえましい。
先生は明日の用意をしはじめた。どれを着るかは決めてたようだ。
俺も一緒に行きたかった。
「誰と行くことにしたんですか?」
「お友達。あ、そうそう。一応、あちらにも窓口でどう言うか伝えたいんだけど」
「メールアドレスご存知です?」
「うん、知ってるわよ。ちょっと待ってね」
携帯を探ってメール作成画面を出し、明日のことについての文面を打っている。
「続き書いてくれる?」
「はいはい」
できるだけわかりやすく、且つ簡潔にを心がけて書いた。
「これでいいですか」
ぶつぶつ、と先生が読んで納得したようだ。
いくらか付け加えて送信した。
「明日はおばあちゃんもおでかけなのよ」
「あ、それでお友達ですか」
なるほどね。
「お昼済んでからだからあんたもその時間までいるわよね?」
「どちらでもいいですよ、手間なら早く帰ります」
「三人分も四人分も変わらないわよ」
そういいつつ支度を済ませ、風呂に入られた。
俺は洗い物を。
台所を綺麗にし終わって戻ると次に入れと指示が出る。
だったら待たずに、と先生の入ってるところにお邪魔した。
「お邪魔しまーす」
「あら? もうちょっとしたら出るのに待てなかったの?」
「待てませんね」
抱き締めてキスをする。
「ん…だめよ。もうっ」
先生が湯船に入り俺は掛湯して股間を洗ってから一緒に浸かる。
くいくいっと股間の毛を引っ張られた。
「なに?」
「白髪あるわね」
「そりゃありますよ」
「切らないの?」
「なんで?」
「切ってあげるわよ」
「…身ぃ切りそうだから遠慮する」
「そんな不器用に見える?」
「だって悪戯するでしょ、どうせ。そしたら危ないじゃないか」
「あら、ばれちゃった?」
「いたずらはされるよりするほうが良いな」
そう言って先生の乳首に軽く歯を当てる。
そのまま後頭部を押さえ込まれて湯面に顔を突っ込むことになった。
暢気に押さえたまま数え歌を歌っている。
3つばかり歌い終えた後やっと離してくれた。
「はっ、はっ、はっ、はっ、ひでぇ」
「うふふ、こんなところであんなことするからよ」
「だからって」
「口答えしないの。また浸けるわよ」
「う…」
「さ、そろそろ上がりましょ」
「はーい」
しっかりと水滴を拭き取って寝巻きに着替える。
交代で皆が入っている間に先生は寝間の準備、俺は火の始末と戸締りを終えた。
八重子先生が上がってきたので寝ることにして挨拶をする。
先生はまだ戻ってこないのでこっそり明日のことをお耳に入れた。
「わかったよ、大丈夫内緒にしておくよ」
「お願いします」
おやすみなさい、と別れて寝間に入るとすっかり寝支度は整っている。
「寝ましょうか」
「そうね、そうしましょ。あ、今日はしちゃだめよ」
「…わかりました」
諦めた。
布団の中に入ってなでているとむらむらするが仕方ない。
すぐに寝息に変わっている。
キスしたら叱られた。
「寝るっていったでしょ。おとなしくしないなら部屋で寝るわよ」
「むー…」
頭をなでられて寝かしつけられる。不本意だ。
少し唸ったのが聞こえたらしい。
「ねぇ。明日お芝居の後あなたの家に寄るから。ね、了見して」
ふうっと息をついてわかったと答え、先生を寝かせた。
翌日、昼を食ってから帰宅。
外出の用意を整えた。

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