翌日、仕事の後。
先生の忘れ物とチョコを持ってお稽古に伺う。
「こんにちは、お邪魔します」
「あらいらっしゃい。この間はありがと」
「はい、これ。どうぞ」
「あらあら、なぁに? あら」
「今日バレンタインデーでしょう? だから」
先生の頬が赤くなった。
「こっちは八重子先生に。じゃ、用意してきますね」
「あ、はい、よろしくね」
そのままパタパタと居間へ入っていく先生を可愛いなぁと思いつつ。
茶室に入って昼からの支度をする。
のんどりと穏やかに待っていると生徒さんが来た。
「こんにちは」
「こんにちは、お願いしますー」
「先生はもうちょっとしたら来られますから」
「はぁい、用意してますねー」
しばらくして生徒さんの用意が整った頃、先生が戻ってきた。
「いらっしゃい」
「あ、こんにちはー。先生、今日もお願いしますぅ」
「はい、じゃお稽古始めましょうね。久さん、用意出来てるかしら」
「茶筌荘ですね」
「そう」
生徒さんに道具を説明して先生が指導なさる。
順々に次の生徒さんが来られてお客に入ってもらったりとやはり土曜は忙しい。
夕方、皆さんが帰られて先生は一息入れる。
「ね、一服点ててくれないかしら」
「どちらで?」
「お薄」
先生の好きな器をチョイスしてささっと平点前で点ててあげた。
「ん、おいしいわね」
穏やかな中、俺のお稽古。
ピリッとした空気に変わった。
先日いじめた仕返しも兼ねてか随分と厳しい稽古である。
「あなたねぇ。もうちょっとしゃんとしなさい」
「すいません」
「もう一度最初から」
「はい」
そして点前の途中、台所から漂うおいしそうな匂いに心を動かされた瞬間。
「手が違うわよ。集中しなさい」
「は、はい」
最後には溜息を疲れてしまった。
「今日はこれで良いわ」
「ありがとうございました」
「もうちょっとお稽古しなきゃいけないわねぇ。今度水曜にでも半日使おうかしら」
「それは先生が疲れちゃいませんか」
「疲れるわよ」
「でしたら別に…」
「ダメよ。早く覚えて頂戴」
「…はい」
「さっ片付けましょ。お腹すいちゃったわ」
釜を片付け、炭を壷に入れると先生は台所へ行ってしまい後は俺が始末した。
台所に顔を出すと運んで、と言われておかずを食卓へ並べる。
うまそうだ。
「あ、お父さん呼んできて」
「はーい」
離れに行って連れて戻る。
そろって食卓につく。
「あれ、律君は?」
「合コンですって。お友達と」
「へぇ、いい子いると良いですね」
「めし」
「はい、どうぞ」
ごはんをよそっていただく。
仕事して、お稽古してもらって美味いメシにありつく。
充実。
食後くつろいでると先生がチョコを持ってきた。
「お父さん、久さん。バレンタインだからチョコレートどうぞ」
「わ、ありがとうございます」
孝弘さんのは量多目で俺のはちょっとだけど俺のと多分値段は変わらんな。
八重子先生はニコニコして見ている。
「いま食べて良いですか?」
「どうぞ。コーヒー淹れてあげるわ」
「嬉しいです」
俺の分のコーヒーと先生たちのお茶をお盆に載せ、先生が戻ってきた。
あ、さっき俺があげたチョコも持ってる。
「私も今いただくわね」
開封する。美味そうだ。
「おいしそうだねぇ」
「おばあちゃんのはどんなの?」
「練りきりかねぇ?」
「と、見せかけましてー、まぁ食べてみてください」
付属の黒文字で切ると益々それっぽいけど。
「あ、中もチョコレートだね。外はホワイトチョコか何かかねえ」
「ガワはホワイトチョコと白餡だそうですよ」
「私の…これは羊羹かしら」
「あんたのは色々入ってるねえ」
そんな会話を眺めつつチョコとコーヒーをいただく。うまい。
「あ、ねぇ。これ日持ちするの?」
「両方冷蔵庫で1週間程度です」
「良かったわ。だって二日なんかじゃ太っちゃうもの」
「もうちょっと太っても良いじゃないですか」
「糖尿も怖いわよ」
「それは怖いですね」
くつろぐ時間も終って順次風呂へ。
先生が入っていると律君が帰ってきた。
「やぁおかえり。チョコは貰った?」
「こんばんは、山沢さん。いやー、ははは…」
晶ちゃんから貰ったと言うチョコを見せて諦めた様子。
「あら、帰ってたの。お帰り。お風呂入ったら?」
「ただいま。後で入るから先に山沢さんどうぞ」
「ああ、じゃお先に」
風呂を浴びて芯まで暖まって居間に戻ると律君が先生から貰ったチョコを食べてる。
「お、いいなぁ。ゴディバ? うまい?」
「量は食べないのよね、この子」
なるほど。
ちょっと悋気したじゃないか。
律君が入っている間に戸締りを確認し、火を落とす。
居間へ戻ると八重子先生のお休みの挨拶を受けて返し、俺たちも部屋へ。
明日の着る物の用意などしている先生の尻を触ったら叱られた。
「あれ? まだ痛い?」
「痛くはないわよ…。でももうちょっと待ってて頂戴」
「待てない♪」
後ろから抱き締めて胸を弄り、感触を楽しんでたら肘鉄が入った。
「こら、もうっ」
「いってぇ…テメェ」
睨んだら怯えた顔をする。
「ごめんなさい、痛かった?」
「痛ぇに決まってるだろ、胃に入った…」
うー、と唸ってると心配そうに見ている。
「ごめんね、ごめんなさい…」
おどおどと、怯えつつも背中をなでてくるのをひっくり返して押し倒した。
「ちょっ…だめっ」
がぶり、と肩に噛み跡をつけてやると痛みに耐えている。
「これでお相子な」
「痛ぁい…、もう、何で噛むのよ~」
「用意済ませてて」
起こしてやってからトイレに立つ。
戻るともう布団に入ってる。
そっと横にもぐりこむと擦り寄ってきた。
「ねぇ…もしかしてそろそろなの?」
「何が?」
「その、月の物…」
「あー…? そういえばそうかも」
「それともしかしてなんだけど、さっき律に妬いてなかった?」
「わかる?」
「やっぱり…。ねぇ、律に嫉妬なんかしないで頂戴よ」
「しょうがないと思ってくれないかな」
困った顔をしている。
「…寝ようか。おやすみ」
キスをして背中をなでているうちに困惑して縮めていた肩から力が抜けて行く。
今日は寝息になるまで少し時間がかかった。
もはや日付が変わる時間だ。珍しい。
俺ももう眠くてたまらないので寝た。お休みなさい。