「えーといまのところは大丈夫です」
「辛くなったらきたらいいよ」
「ありがとうございます」
「しかしあんた、飲んでるのに乱れないね」
「まだそう飲んでませんよ、3合ほどです
八重子先生こそ結構飲んでるんじゃないですか?」
突然胸揉まれた。
「こんなことする程度には酔ってるよ」
「いいですけどね…私の胸なんぞ触って楽しいですか?」
「そうだねえ、あんたがどう泣くのかは知りたいかもねえ」
「…ちょっとここでは」
「私の部屋にくるかい?」
「ええ?いやいや、ええと、本気ですか?」
乳首を弄られて声を上げそうになる。
確かにここで声を上げたくはないが、ないが…。
いやだが着いてったら泣かされちゃうわけで。
ええい、酔ってることを言い訳に、行くか!
「…わかりました、行きます」
酒瓶などを軽くまとめて片し、火の始末をして八重子先生のお部屋へ。
布団を敷く間に八重子先生が寝巻きに着替えた。
そして布団に入られて。
寝息。
え、ちょっと!?
なんでそこで寝るんだ…。
決心したというのにそう来るとは。
時計を見る、まだ終電はあるな。
帰ろう。
八重子先生の部屋を出て、ぐい飲みや酒瓶を台所に片付け、着物を整えて。
お預かりしてる鍵で玄関も閉めて帰ることにした。
なんだかんだ八重子先生も結構酔ってたということか。
電車を乗り継いで帰宅し、着替えて仮眠。
翌朝出勤し連休明けのややこしい仕事を終える。
今日は昼寝もしよう、流石に二日酔いではないが眠い。
シャワーを浴びて布団にもぐる。気持ちいい。
すぐに寝てしまって目が覚めると夕方だ。
何か食わないと腹が減った。
ご飯はチンしておかずは…味噌漬けを食うか。
ニュースを見ながら一人で食べる。
わびしい。
先生方と食べるのにすっかり慣れてしまったんだなあ。
明日は、きっと一緒に食べていただけるから今日のところは休もう。
少し部屋を片付けたり、洗濯物をやっつけたり。
こんなものかな、さて寝るか。
さて火曜日、仕事は暇で時間がたたないといいつつ定時。
帰宅して着替えて先生宅へ。
さて八重子先生とどうしたらいいものか。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい」
あれ、普通だ。
まさか記憶になかったりするのだろうか。有りうる。
何もなかったことにして、お稽古をしていただいて、水屋をお手伝い。
その後夕飯をいただいて絹先生がお片づけしているその間。
昨日のことを覚えているか八重子先生に聞いてみた。
「絹をあんたが布団に入れに行ったのは覚えてるんだけどねえ」
そこから先覚えてない?そうですかそうですか。
「何か変なこと言ったかねえ?」
「いや覚えてないならいいんです」
二人とも酔うと大胆になることはわかった。わかったよ…。
その後絹先生と私の寝間でいたして寝た。
もう最近は八重子先生も何も言わない。
お泊りの朝は絹先生が寝過ごすのも。
そんなこんなで12月に入り、仕事も忙しくなってきた。
「あんたクリスマスはどうするんだい?」
「ご家族水入らずで楽しんでください」
「もう律だってそんな年じゃないよ。絹とどこか行ったらいいのに」
「いや仕事が結構きついんです」
「天皇誕生日の日なら休みだろ?」
「いえ、臨時開場日です。23日から30日までずっと仕事です」
「なんとかならないのかい?」
「夜中の2時から夜9時まで仕事なんで、ちょっと無理かと」
「…それは無理だねえ」
「無理ですよ…毎年3日に一度シャワー、あとは空き時間寝る!と言う感じです」
「洗濯とかどうしてるんだい?」
「30日に纏めて洗って乾燥機ですね」
異臭とか言ってる状態じゃない。誰もが。
「ああ、でもディナーショーの予定が入れば作業からはずされるんですけどね」
「外れたところで結局寝る時間じゃないんだねえ」
「もし予定入れられてしまったら絹先生をお誘いできたらと思います」
「そうしてやって。ああ、そうだ、お正月は地元に帰るんだろ?」
「いや毎年一人で部屋で寝正月してます」
「じゃ今年はうちにおいで。31日から来たらいい」
「いいんですか?」
「来たらすぐ部屋で寝ればいいよ。疲れてるんだから」
「ありがとうございます」
「絹がさびしがるからね、あんたみたく忙しくしてれば別だけど」
「ああ、確かに暇なときほど寂しいです。でも大掃除とかでお忙しいのでは?」
「頭は使わないからね、大して。物思っちゃうもんだよ」
そんなものか。
二週目ともなれば水曜日も朝御飯をいただいてすぐ帰り、仕事をする。
忙しくなって、ますます性欲が強くなり先生は結構辛そうだ。
土曜の夜。
「来週。火曜日は泊まれませんから…土曜日の晩は覚悟してくださいね」
先生の耳元で囁くと、怖がられてしまった。
「そう怖がらないで…可愛すぎてまたしたくなる」
「だって…今でも凄いのに…」
「それと、23日から30日。来れませんから。電話は無理だと思いますけど、
メールくらいなら出来ますから、携帯、見てくださいね」
「どうして?会いにきてくれないの?会いに行っても駄目かしら」
「そのころはほぼ会社でぶっ倒れて寝てますしね、会える感じじゃない筈です」
「あら、大変なのねえ」
「そのかわり年明けはよろしくお願いします」
「……すごく激しいんじゃない?」
「かもしれません」
先生は困った表情だ。
「したくない? そうならそういってください」
「あ…拗ねないで、そうじゃなくて。その…お正月だとみんないるから」
「ああ。そうか、聞こえたり見られたりしたら一大事だ…失念するところでした」
「お母さんならまだいいけど…他の人だったら…」
「八重子先生でも良くないですよねえ」
うーん弱った、絶対抱きたくなる。
「三が日。終ったらうち来てくれませんか?」
「我慢できるの?」
「がんばります…できるだけ」
「ごめんなさいね…」
駄目だ可愛い。
「もう一回しても良いかな」
「えっ」
「駄目?」
「明日立てなくなっちゃうわ…」
「八重子先生には俺が怒られますから」
「駄目よ、山沢さんのおうちじゃないのよ、お父さんも律も居るんだから」
「ほんと俺って考えなしですね…思ったことすぐ口にしてしまう」
「山沢さんのそう言うところ、可愛いわ」
「でもあなたを困らせてる」
先生から軽くキスされる。
「それだけ…山沢さんが私を好きってことでしょ?嬉しいからいいわよ」
しっかり抱きしめると、息がしにくいと叱られた。
「そろそろ寝ましょ?もう3時よ」
もうそんな時間か。腹が鳴った。
「あらあら。何か食べる?」
「いや、ああ、そうだ」
たしか鞄の中に一口羊羹がある、あれでいい。
鞄を漁って放り込み、噛まずにお茶で飲み込む。
「やぁねえ、そんな食べ方だめよ」
噛むと虫歯の原因の砂糖が残るからわざわざ歯を磨きに立たねばならない。
すぐに布団の中にもぐって先生の体にくっついた。
んー、あったかいなあ。気持ちのいい肌。このさわり心地の良さ。
撫でて匂いを嗅いで舐める。
先生がくすくす笑う。あくび。
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
うとうとしていると懐の中から寝息。つられて熟睡。
翌朝。
と言うか10時過ぎていた。
律君には八重子先生がうまく理由を作って説明してくれて助かった。
ただし叱られた。
二人雁首そろえて。
せめて律君の起き出す時間までに起きてくるようにと。
八重子先生に謝って絹先生にも謝った。
簡単に許してはいただけたが申し訳ないと思う。
まさかこんな時間まで俺も先生も起きないとは思わなかった。
絹先生のお腹が鳴った。八重子先生が苦笑する。
お昼ご飯の用意を手伝って、食事を取った。
「あんた来週からお稽古の後すぐ帰るんだろ?」
「そうなりますね。睡眠時間の問題で」
「始発が有ればいいのにねえ、うちに泊まっていけるのに」
「こういうときは一般のサラリーマンがうらやましいですね」
「お稽古は来れるんだろ?」
「来週は大丈夫です」
その代わり水曜も仕事だし日曜も昼からは仕事だ。
「じゃ、次の日曜は絹に濃茶を練っててもらうといい。濃いのをね」
「眠気防止ですか」
むしろ仕事中に飲みたい。
「前にお母さんが点ててくれたの、すっごく濃くてむせたことあるけどあんなやつ?」
「あら。受験前の?あれはまだ緩いほうよ?」
ぱっと八重子先生が台所に立ち、暫くして戻ってきた。
手に茶碗を持って。
「律、あんたちょっとこれ飲んでみなさい」
「ええー、なにこれ。こんなに濃いの?」
おお、おいしそう。
律君は一口舐めて凄く微妙な顔をしてすぐに普通のお茶を飲んでいる。
口をつけたところを八重子先生が拭いてくれて私へ。
「飲みきっちゃっていいですか?」
「絹も飲むかい?」
「私はいいわ」
じゃあ、とすべて飲み、吸い切る。
甘くて美味しい。
「練り加減はどうだったかねえ」
「凄く美味しいです、甘かったんですがこれはどちらのお茶ですか?」
「"慶知の昔"だよ」
「小山園ですか。うちにもあそこのお茶を冷凍庫に入れてますが精々"青嵐"です」
律君が挙動不審だ。
「薄茶用だろあれは。濃茶にしても美味しくないだろうに」
「苦味が立ちまして眠気払いですね。それにうちだとステンレスヤカンの湯ですし」
「ああ、これ一応鉄瓶の湯だからねえ」
「そんなに味違うの?」
「釜の湯のほうがやわらかいですよねえ」
「そうだねえ」
「そうよねえ」
「あと炭の方が美味しいです。なんとなくかもしれませんが」
「ああ、それはそうだね、なんでかねえ、あれは」
「ふーん」
「律君はお茶はする気はない?」
「この子正座も長く出来ないのよ」
「ああ、そうか正座する習慣がないとそうですよね」
今も胡坐だもんな。
「山沢さんは長い正座、平気よねえ。
上に座っても1時間くらい痺れたとも言わないもの」
「…山沢さん、よく大丈夫ですね。母、結構重いでしょう?」
「はは、仕事で60キロなんか毎日運んでるからね、絹先生くらい軽い軽い」
「あらあら、だから筋肉質なのねえ」
「律の方が腕でも細いんじゃないかねえ」
「ほんとだ…」
「いや、若い男の子って結構細いですよ。
特に律君は腕力使うようなことあまりないでしょうし」
「でも彼女出来たらお姫様抱っこくらい出来なきゃ駄目よぉ?」
確かに女の子を柔道の肩車のように持つのはお勧めしない。
「あれはむしろ抱っこされる側が協力的かどうかだと…暴れられると無理です」
「暴れられたことあるの?」
「ええ、小学校の頃に」
あぶなく薮蛇のところだった。
時計が鳴る。
「あ、もうこんな時間だ。
友達と出てくるから今日は遅くなるよ。僕の分のご飯は要らないから」
「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」
律君が外出し八重子先生が後ろを向いた隙に絹先生にキス。
赤面する先生、可愛い。
それを見た八重子先生に額を叩かれる。バレた。
「ほんとあんたお稽古のときとは別人だねえ」
「そうですか?」
「堅物の優しげな、と思ってたからねえ」
「すいません、実際はこんなんです」
「意外と怖いわよね」
「山沢さんの怖いのなんて想像できないけどねえ」
「だって八重子先生、私が怒るようなことされませんし」
「私にだけ酷いの?」
「会社で本気で怒れば手が出ますからね」
「うそ…」
「最近はほぼしてませんが…」
「山沢さんのその手で殴られたら痛いだろうねえ。絹が女だから殴らない?」
「好きな人を殴る趣味も持ち合わせておりません」
あ、また頬染めてる。
怒ってるかと思えば照れたりと。可愛いなあ、うん。
「あら?前に叩きたいとか言ってなかったかしら」
「なんでそれ今思い出すんですか…」
「どういうことだい」
「あーえーと…私ちょっとS入ってるので、そっちです…」
「ああ、鞭とか?TVでやってるような?」
「端的に言うとそれですが、まあそのー傷つけるのは別に趣味じゃないんで
お仕置きするようなことがあればーみたいな…」
「ああそれじゃいつか叩かれるんだろうねえ」
「いやいや、できればやらないでやってとか言うところじゃないんですか、そこは」
「まあ山沢さんのことだから。
うちのことやらお稽古に差しさわりがあるようにはしないだろ」
「お母さん、もうっ。なんで怒らせるの前提なのよ」
「これまで何度も怒らせてるじゃないの、あんた」
「それは…そうだけど…」
八重子先生に頭を撫でられた、と思ったら掴まれて上向かされた。
「でも山沢さんちょっとMなところもあるよねえ」
「え…」
「あるわよねえ」
「いやまあ、ありますけどね…」
だからって髪をつかまないで欲しいなあ。
というと頬をつかまれた。
「いや、ですから掴まんで下さいよ…」
絹先生もくすくす笑っている。
ったく。
「さてと。あんたそろそろ帰る時間だろ?」
ああ、もうそんな時間か。
「ええ、ですが明日も仕事かと思うとげんなりしますね…」
「来週一杯は絹に会えるんだから頑張りな、それとも絹をつれて帰るかい?」
「いやそれはさすがに結構ですから」
それでは、と帰ることにした。
きっと先生のSっぽいのは八重子先生の遺伝だな。
玄関を出ると寒い、そういえば冬将軍が居座ってるとか言ってたな。
来るときは昼だったから暖かかったがもはや夕間暮れ、寒い。
先生がマフラーを貸してくれた。
首もとを暖めると随分違うからと。
暖かくて嬉しい。
気持ちが暖かい。
明日からの仕事がんばろう。
ほんと、好きな人がいないと仕事を続けるのってしんどいんだよなあ。
心の張りというものがやはり必要だ。
明けて月曜仕事は暇で。
作業はあるものの忙しいなんて気分でない。
黙々とこなす。早く終ればそれが睡眠時間の確保になる。
特に明日は早上がりをするのだからちゃんとしておくべきだ。
しっかりこなして夕5時半。帰宅して食事。面倒だな。
羊羹を食べて寝てしまおう。日持ちするから助かる。
翌朝、仕事をして申し訳ないが早帰り、いそいそとお稽古に行く。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは」
お稽古をして、すぐ帰ろうとしたら食事を取るように言われた。
どうせまともなもん食ってないからと。大当たりだ。
食事をいただいて、洗い物をして帰った。
やっぱり嬉しいなあ。考えてもらえてるんだな。
寒い外気だが心はぬくい。
一日おきに仕事、稽古と頑張ってこなして土曜日だ。
今日、抱いたら後は会うのは大晦日、抱くのは三ヶ日終るまでお預けか。
きついなあ。
それでも予定があるのだからまだしもだな。
先生も思いは同じなのか、少し激しいのに嫌とは言わない。
私が求めるままに、辛そうな顔をしつつ答えてくれる。
愛おしい。
離し難い。
息を切らせて辛そうな先生を上に乗せ背中を撫でる。
「…まだ、…物足りないんでしょ…?」
「これ以上したら、あなたを壊してしまう…だからいいんです」
「壊れても」
「だめです」
困ったような顔をしている。
「そんな顔をしないで…私は大丈夫ですから。
あなたの今日の、そう思ってくれた、その心が嬉しい」
これを燃料に大晦日まで頑張ろうじゃないか。
キスをして、背中を撫でて寝かしつける。
まあ、たかが一週間やそこらだろうといわれそうだが。
週の半分以上顔を見てた相手と会えない声も聞けないのはさびしくて辛い。
今日だって本当は家に連れて帰ってしたかった。
声を我慢させるのはかわいそうで。
でもその姿が欲情をそそる。
寝息に変わってきた。
"お母さん"をしている時の顔と"娘"をしている時の顔、"先生"をしている時の顔。
そして"女"としての顔。
今は私以外には見せていないはずだ。
孝弘さんとはどの程度のことをしていたんだろう。
詮索はしてはいけないが。
今も脱ぐのは恥ずかしげだが、きっと二十の時はもっと恥ずかしがっていたんだろうな。
というか脱げたのだろうか。
あ。まつげが抜けてる。
そっと取ってちり紙に手を伸ばして包む。
「…ん」
おっと起こしてしまったか?
大丈夫だった。
綺麗だなぁ。
肌は普段の手入れだろうけど。
きっと八重子先生も若い頃は綺麗だったのだろうな。
うん?…股間を触られている気がするんだが。
寝息、だよなぁ、これ。無意識、夢の中でしてるつもりなのか?
参ったな、これは怒れんな。
まあこの程度ならいいか。
暫く触り続けられていたがやがて止まった。
夢終了か?
布団から這い出てトイレに行く。
八重子先生に出会った。
ちょっとお部屋に連れて行かれお茶をいただく。
寝る前だからとほうじ茶だった。
トイレで抜くつもりだったのになぁ。
さめるにはもう少し時間が必要だ。
先日乳首を触られたことを思い出してしまった。
このタイミングで思い出すんじゃないよ俺…。
八重子先生の顔を見るのが照れくさい。
「どうしたんだい?顔赤いよ?」
うわっ、頬を触られた。
「……先生。先日私の胸揉んだこと忘れてますよね、今のでわかりました」
とぼけてるのかとも思ってたけど!
「そんなことあったかねえ?」
「私の胸揉んで泣かせたいといって部屋に連れ込んだの先生ですよ」
「えっ?うそだろ?あんたに?」
「ええ、それで着替えて布団敷いたらそのまま先生寝ちゃったんですけどね」
「あらー…それは悪いことしたねえ。ああ、じゃあ」
「うっ」
乳首を掴まれた。
「その続きかと思った?」
「はい」
「されたいかい?」
「…ええと」
「それとも絹にされたい?」
「絶対いやです」
「きっぱり言うね」
「いやです。こればっかりは」
「で?されたいのかねえ」
やっぱりSだ、自分から言わせようとしてるよね。
もう我慢限界だ。きつい。
「すいません、お願いします」
何度か逝かせて貰って落ち着いて、ふらふらと絹先生の寝ている横へ戻って寝た。
夢だったと思うことにしよう。疲れた。
翌朝、八重子先生は何もなかったように振舞ってくださり、
私も何もなかったような顔をして絹先生との別れを惜しんだ。
ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ、うん。
それからの一週間は仕事中に先生へ朝のご挨拶メールを送ったり、
おやすみなさいのメールを貰ったり。
水曜の夜に帰宅すると冷蔵庫に食事が入っていた。
片手で食べられるものが。
昼に来て、作っておいてくれたようだ。
往復3時間もかかるのにありがたいことである。
丁重にお礼をメールするとお歳暮ありがとうとメールが返って来た。
そういえば年内いつでもいいからいいものが入り次第と言う注文をしたんだった。
今日届いたようだ。すき焼きをしたらしい。
しゃぶ用もあるしステーキも有るが年内に食えるのかな。
サーロインメインでヒレとかイチボとかランプとか入れてくれと言っておいたが。
まあ孝弘さんが食ってくれるだろう。
美味しい晩飯を一人食べて、風呂に入る。
掃除と洗濯がしてくれてあった。シーツがいい匂いしてる。
愛されてるなぁ俺。嬉しい。凄く嬉しい。
さびしいけれど幸せな気分で良く寝た。
正月が待ち遠しいなんて久しぶりに思う。
あ。クリスマスか。今日。ならば会いたかったなあ…。
そう思っているうちに眠ってしまった。
明けて翌日暗いうちから働く。
それでも昨日よりは今日のほうが気分が落ち着いている。
仕事も捗る。
残り一週間もない、頑張れそうだ。
先生は今頃大掃除だろうか。
あ、鏡餅買わなきゃな。
年賀状は今日作ろう、今日。
注連飾りも居るな。
明日は作業の真ん中に買物時間作ろう。
帰宅時間は遅くはなるが仕方ない。
6時過ぎ、いつものおはようのメールをする。
朝、先生から来るメールはそっけない。
夜のメールは色々書いてある。
きっと朝は眠いか忙しいかなんだろうな。
俺は朝のメールのほうが文章量が多く、夜は少なくなる。
二人とも、好きだとも愛してるとも書かないことにしている。
メールを見られて破綻。
そんなのは困るから。
だが、ただの弟子と朝晩メールの交換してるというのも。
なにやらおかしい気がしてきた。
体裁を気にすると彼女に怒られるという話を良く聞くが、
俺らの場合気にしすぎでもいいはずだ。
まぁ、先生の場合初めてのメル友で距離のとり方がわからなかったと。
そういう言い訳が使えると思う多分。
しかし上流の人と離れているとすぐに品性が堕落するなぁ。
正月はうっかり変なことを言わないように気をつけないといけないな、これは。
翌日、作業の合間に買いだしに行く。
ついでに栄養ドリンクを数箱。社員達に差し入れる。
日々みんなの目が死んだ魚のようになっていく。
毎年思うがクリスマスに魚市場を空けるメリットはない。
本当に売れないし、客自体来ないし。
あの日休めば光熱費の点からも休養の面からも助かるんだが。
大体この時期から救急車のサイレンを聞いたり、誰かが倒れたらしいと小耳に挟むんだ。
絹先生からも大丈夫?と言うメールをいただいた。
どうやら半分くらい書いて送ったらしい。昨夜。
そんなこんなで日曜日。特別開場日。
今日明日と仕事を済ませば会いにいける。
早く先生の声を聞きたい、抱きたい。
会わずに我慢できるのはやはり三日だな、三日。
メールの交換をしてもらっていて忙しいから何とか日をすごしているが。
しかし今年の忘年会はまた飲みだろうなぁ。
毎年私は出ないけど。なんでみんなそんな体力あるんだろう。
今年は幸い大掃除しなくて済んだ。
先生が来たりするから日常的に整理整頓していたし、先日は先生が掃除してくれた。
毎年、仕事で出来なくて年明けに掃除してしまうからなあ。
仕事中に先生からメールが来た。
うわ、洋装だ。掃除中の姿。
八重子先生が写真を撮ってくれたようだ。
可愛いなぁ。
そして俺の姿をテレビで見たらしい。
画面の端に芥子粒のように映っていたのを絹先生が見つけたとか。
よくわかったなぁ。
元気そうで安心したと書いてある。
でもそれ多分木曜の取材だ。
あの日は先生の気配を家で感じて、愛されてるという実感で仕事が捗った。
まあそれはメールには書けないから、お会いしたときに耳元で囁くとしよう。
あ。帰ったら襦袢に半襟つける作業が待っている。忘れてた。
思い出してよかった。しかし帰宅するまでに忘れてしまうのではないか。
忘れきってたら31日の朝に慌てて付けるか、先生のお宅でつけるかだな。
紋付の用意をするときに思い出せよ自分。
先生はうちに来てくれるときは刺繍半襟だったりする。
この間は小さいもみじが散っていて、可愛らしい雰囲気だった。
お稽古では白い半襟に静かな柄の小紋や紬姿ばかりで、
茶事くらいしか華やかな姿を見なかった。
だけど俺と一緒にお出かけするときは華やかな着物を着てくれる。
襦袢も綺麗だったり可愛かったり手が込んでいる。
お出かけの予定がないときはシックな紬に派手な襦袢とか、
お洒落で、俺に見られることを思ってそういう格好をしてくれてると思うと嬉しい。
前にそういったら、俺がちゃんと衣桁にかけるのを待つから、着てこれると。
エロビデオみたいに着てるのそのままで体液がついたりするような、
あんなやり方をするなら着てこれないよね、正絹は。
たまに脱ぐの待てないの?と怒られるが。
ああそうか、汚していい正絹の襦袢を作ればいいんだ。
だったら着衣で出来るな、そうしよう。
寸法は今度寝てる間にでも測ってしまえばいい。
柄は…そうだ、八重子先生に相談しよう。
そんなことを考えて眠気をやり過ごす。
家に帰って気がついたら服を着たまま寝ていた。
ベッドにもたどりつけていなかったようで、床で寝ていた。
ストーブはつけたようだが。
ついに30日、今日働いたら明日は会える。
気合を入れ直して、一日頑張ろう!
もうはっきり言って商売の時間は暇だ。
当然ながら料理屋なんかは今日明日は料理してお重に詰める日。
うっかり買い忘れたとかがない限り市場には用はない。
暇なので二人を1時間半ずつ仮眠させて少しでも作業時の負担軽減を図る。
その時間に作業させればいい?場所が空かないと出来ない作業なんだ。
みな今日は疲れているが表情は明るい。
明日休日出勤の当番の者も、今日までのような時間帯に出勤しなくてよい。
昼までに終ってゆっくりできるのだから。
使った道具は翌日の当番が洗ったり始末する。
当日始末するのは無理だからね、体力的に。
冗談も飛ばす余裕が出てくる。
私は先生に明日うかがうメールをした。
会いたい…。
そうは書けない。
こんなに貪欲だったんだなぁ、俺。
先生から待っているとお返事をいただいた。
待っていてくれるんだ、ということを心の支えにして。
ひたすらに仕事をこなして行く。
あっ!半襟!つけるの忘れた。今晩か明日の朝つけるか。
覚えてるといいなあ。
家のお飾りは今朝飾って出たし。
他に忘れてることはないよなあ…。
律君にお年賀の用意くらいか?
作業をしつつ忘れ物はないかとチェックする。
明日焼く鯛もキープしてある。
刺身にする魚も泳がせてある。
はっ!現金をおろしてこなければ。
休憩時間になってすぐに銀行に走る。
初売りを考えれば30くらい財布にあってほしい。
昔、某呉服屋で後日にしたら翌日売れていて悔しかったからなあ。
手付けを打てる金はやはり必要だ。
一旦自宅に寄り、明日持っていく鞄に入れておいた。
スーツにも男の着物にも合う重宝な鞄だが女の着物を着るときには流石に合わない。
持って行く紋付は一応男のなのでこの鞄にしたわけだ。
先生にもしかしたら女の格好をさせられるかもしれない。
だから湯文字だけ入れてある。
また職場に戻って作業を進める。
-絹-
「山沢さん、お仕事頑張ってるかしらね」
お母さんになんとなく言うと、ふふっと笑われた。
「今週一杯、来ないからさびしいのかい?」
「そりゃそうよ…週の半分はきてくれてたんだもの」
「きっと山沢さんもそう思ってるよ」
「そうかしら?」
晩御飯の支度をして、お父さんを呼んで律は今日も遅くて。
そろそろ大掃除を手伝ってもらいたいのに。
買出しもしなきゃいけないわね。
「あなた、おかわりは?」
「くれ」
この人は、山沢さんとのこと気づいているのかしら。
わからない振りをしてくれているのかしら。
「ただいまぁ」
律が帰ってきたわ。
「お帰り、ご飯できてるわよ、手を洗ってらっしゃい」
律にもご飯の用意をしてお母さんにお茶を入れる。
「ごちそうさま」
ご飯を4杯。お父さんはいつもどおりに食べて部屋に帰って、
入れ違いに律が食卓についた。
「あれ、今日は山沢さんは?」
「あらあんたに言ってなかったかしらね。今週はお仕事忙しいんですってよ」
「へー寂しい?」
どきっとした。
「寂しいねえ、いつもいるからねぇ」
お母さんが代わりに言ってくれた。助かったわ。
「山沢さんって格好いいよね。開さんとは違う意味で。でも女の人なんだよね」
「そういえばあんた、前に山沢さんの胸見ちゃったろ?」
「あぁー有ったよね、そういうこと。あの人気にしてなくて吃驚したよ」
「開に見られても気にしてなかったからねえ」
そういえば兄さんも山沢さんの胸を見たのよね…。
兄さん、山沢さんに手を出したりしないかしら。
私のってわかってて取ったりする様な人じゃないけど…心配だわ。
「お母さん、山沢さんっていくつなの?」
律に聞かれて驚く。
「あら?そうねえ、確か35歳だったかしら?」
「えっ40代じゃなかったの?」
「あの人若く見えないよねえ、でも実は子供っぽいというか」
「そうよね、甘えん坊なところもあって面白いわよねぇ」
「ええっ?そんな風には見えないな」
そういえば若い時は10歳年上の人が凄く大人に見えたわねえ。
自分がその年になるとそうじゃないのがわかるんだけど。
「母さん、なんか食べるものない?」
「あら。開、どうしたの?」
「財布落とした…いま探してるけど。環姉ちゃん今日は帰れないって言うから」
「開さん開さん、山沢さんっていくつくらいだと思います?」
「20代かな?どうして?」
「今ねえ、律は40代って言ったのよー」
はい、とお茶碗にご飯をついで兄さんに渡す。
「で、いくつなの?」
「多分35歳だったと思うわ」
「えっ意外だなあ」
「いやもうてっきり、お母さんと同じくらいの年だから僕に見られても
大丈夫なんだと思ってたんだよねー」
「ああ、それはそうだな、僕も見たけど普通だったしね」
「よく考えたら開とも年は釣り合うよねえ」
「母さん?」
「おばあちゃん、駄目よ。それは」
「ちょっと年開きすぎてない?一回り違うんじゃないの?」
「あら、昔は一回りなんて普通だったんだから大丈夫だよ。
山沢さんが開のお嫁さんだったらお教室も続けれるじゃないの」
「それは山沢さんが嫌がるんじゃないかな」
「なんだい?開、あんた山沢さん苦手かい?」
「いやそうじゃないけど…見た目がホモ?」
律が大笑いしてお母さんが考え込んで一旦この話は流れてほっとしたわ。
夜、戸締りをして寝る支度をすませて居間に行くとお母さんが繕い物をしていた。
「明日山沢さんの家に行ってて何かつまめるものを用意してあげたらどうだい?」
「どうせだから洗濯とお掃除もしてあげたほうがいいかしら?」
「そうだねえ、手が回らないだろうから。してあげるといい」
「じゃ、律が出たらうちのことをして、それから」
「ああ、うちのことはあたしがするからいいよ、行っといで。洗濯があるだろ」
「いいの?」
「洗濯物を取り入れて畳むまでやってあげないと取り入れる気力もないとは思うけどね」
「あら、そうねえ。帰るの遅くなっちゃうわ」
「構わないからちゃんとやっといで」
翌朝、律を送り出してすぐに電車を乗り継いで山沢さんのおうちへ。
鍵を開けて中に入ると凄く乱雑に散らかっている。
足の踏み場もないわねぇ。と溜息をついてとりあえず洗濯物を拾って、
まずはシーツを洗って、これはすぐに乾くから脱ぎ散らかっているものを洗濯機へ。
シーツを干して、床に落ちている広告や新聞をかため、郵便物はまとめて。
開封はしてあげたほうがいいのかしら。
このガスのハガキは多分引き落とし出来なかったときのよね。
躊躇ってそれだけ開く。今日までの期限で5千円ちょっと。
これだけ払ってきてあげたほうがいいわよね。
きっと見る暇もなかったんでしょうけど…律も一人暮らしさせたらこうなるのかしら。
お買物のときに一緒に払い込みすることにして、まずはお掃除しましょう。
天井に近いところから。あら、はたきはあるのかしら?
あるとしたら掃除機のある納戸よね。
あったけどこの部屋…変なものも一杯あるのよねえ。
鞭、とか。蝋燭、とか。
いつか使われちゃったりするのかしら。
お尻も、っていつか言ってたわね。
ぞくっとして、少しドキドキとして。
慌ててお部屋から出てお掃除にかかる。
まずは窓や玄関を開け放して。
天井に近いところから叩きをかけて埃を落とす。
たんすの上やテレビなどのものの上の埃を落として行き、拭き掃除。
掃除機をかけていると洗濯機が鳴り響く。
表のシーツも乾いたので取り込んで、残りの洗濯物を干して。
寝室のお掃除もしているとエッチな本やビデオが。
こんなの見てるのねえ。
パラっとページが開いた。
やだわ、こんなこと……したいのかしら?
でも、こういう格好。私山沢さんに見せてるのよね…恥ずかしいわ。
Prrrrrrrr.... Prrrrrrrrr...
電話の音にはっとして慌てて仕舞って掃除を続ける。
やだわ、こんな。
欲情するなんて恥ずかしい。
掃除をしているうちにいつしか醒めたけれど。
納戸のお掃除はどうしようかしら…。
もうそろそろ夕方だから。ご飯の支度をしてから考えようかしら。
とりあえずお買物行かなきゃね。
ガスの払込書を持って、お買物に出る。
前に一緒にお買物に行ったから大体のお店はわかるんだけど。
何を作ろうかしら。
コンビニに入って払い込みするついでに山沢さんの好きな銘柄のコーヒーを買って。
椎茸のカナッペ作ろうかしら。
後はお野菜の肉巻きもいいわね。
おにぎりと。
ピラフのおにぎりも美味しいわよね
八百屋さんとお肉屋さんによってあれこれお買物をして。
おうちへ戻って調理するともうそろそろ帰らなきゃいけない時間になった。
洗濯物を取り込み畳んで仕舞って、ご飯が冷蔵庫にあると書置きをして。
缶コーヒーを文鎮にして帰ることに。
「ただいまあ」
「あぁお帰り。山沢さんからお歳暮届いてるよ」
「中は何だったの?」
「お肉。今日はすき焼きにするから律に早く帰ってきなさいって電話しといたよ」
「あらいいわねえ」
お台所に行ってお肉を見ると沢山入っていて、
ステーキ用、しゃぶしゃぶ用、すき焼き用、焼肉用と分けられている。
「あらお母さん、松坂牛A5って高いんじゃないの?」
「多分すっごく高いお肉だよ。山沢さん、ほんとあんたのこと…。だねえ」
「お母さんたら。でも嬉しいわね」
「ただいまー。早く帰って来いってなんだったの?」
「おかえり。山沢さんが松坂牛送ってくれたのよ~。きっとおいしいわよ~」
「へー松坂牛って高いんじゃないの?」
「そうよ、そのお肉を色々送ってくれたのよ」
「…山沢さんって魚屋だよね。なんで肉?」
「あら?何でかしらね。手を洗ってらっしゃいよ。もう用意できてるわよ」
「ん、お父さん呼んでくるよ」
食卓にお鍋も出してすき焼きを皆でいただく。
「柔らかいねえ、これなら胃もたれもしないし美味しいねえ」
「山沢さんとステーキこの間食べたけど柔らかかったわよ」
「お母さん、いつもそういうところで山沢さんと食べてるの?」
「うーん、そうねえ、私は作るって言うのよ、だけどねえ」
「そりゃあんた、いつも作ってる人となら食べに連れて行く方が良いもんだよ」
「そうなの?」
「主婦が旅行好きなのは上げ膳据え膳だからだよ」
「律も結婚したらお嫁さんにそうしてあげなきゃ駄目よ?」
お父さんにご飯のおかわりを注ぎながらすき焼きを食べて。
「さすがにもうお腹一杯」
「でもおばあちゃんいつもより沢山食べてたね」
「そうだねえ」
お父さんもご馳走様をして、律もお箸を置いた。
台所で後始末をして、居間に戻るとお母さんが山沢さんち、どうだった?と聞いた。
「もう足の踏み場もないくらいだったわよ、結構疲れたわ」
「えぇ?うちだと後始末きちんとしているのにねえ。よっぽど仕事が大変なのかねえ」
「未開封の郵便物も沢山あったわよ。今日が期限のガスの払込書とか」
「それはどうしたんだい?」
「預かってるお金もまだあるし払ってきたわよ。止められたら可哀想じゃない?」
「まあねえ」
少し話して、お風呂に入って寝る。
翌朝、朝御飯を食べてから大掃除にかかる。
お母さんが窓を全開にしてレシートを飛ばしたり、
古いアルバムを見つけたり。
そんな日々を送り日曜日。
お昼をとっているとテレビで年末の築地が放送されているのをみる。
「あら?これ山沢さんじゃないかしら」
「え?あらほんとだねえ」
「どこ?」
「ほら、ここ」
「あーほんとだ。なんか投げつけてない?」
「他の人と投げ合いしてるわね。氷かしらね?」
「元気そうだね」
「良かったわ。あらもう切り替わっちゃったわね」
後でメールに見たこと書こうかしら。
ご飯を食べた後、お掃除の続きをしていると子宮・乳がん検診のおしらせを見つけた。
そういえば行った事ないわねえ。
山沢さんはどうかしら、行ったことあるのかしら。
よく読んでみると乳がんは40歳から。
来たときに聞いてみようかしらね。
おかあさんがそれをみた。
「山沢さんは中央区だから無料にならないんじゃないかねえ?」
「あらそう?年明けに保健所に聞いてみましょうか。
きっと一人じゃ行きにくいでしょうし」
「女装させないと駄目じゃないかい?」
「やだ、お母さんったら。女装って。多分凄く嫌がるわよ?」
「面白いじゃないの、それも」
「そういえば今年も環姉さんは帰ってこないのかしらね」
「仕事みたいだねえ、あの子は。いい加減結婚すればいいのに」
「あら、雪」
「寒いと思ったら降ってきたねえ」
「先週も雪だったわねえ」
ぼんやりと雪を眺めているとお母さんに毛布について聞かれた。
「あ、そうね、山沢さんのお部屋に要るわね」
「ん?お正月はしないのかい?」
「お母さん!皆居るんだからできるわけないでしょ」
「それもそうだけどちょっと可哀想だねえ、山沢さん」
お母さんは最近山沢さんとのことをからかったりする。
最初の頃は見られて叱られてたのに。
「開兄さんは知ってるからいいけど…律に見られたらどうするのよ」
「まあねえ」
「山沢さんが三が日は我慢するって言ってくれたの」
「それじゃ明けは山沢さんち泊まってきなさい。その方がいいよ」
「ん…そうね、そうするわ」
お母さんが私の携帯をちょっと触って、この状態でメールを打って送りなさいという。
ぽちぽちと本文を入れて送るといつもより少し時間がかかった。
なんだったのかしら。
「クリスマス、残念だったね」
「仕方ないわよ。お仕事だもの」
「ディナーショーの券が回ってきたら誘いたいって言ってたけどね」
「あらー、残念ねえ、それは」
文箱から古いものを纏めて、不要なものを除けて。
もう一度不要なものに目を通して、捨てて行く。
山沢さんからの去年の年賀状が出てきた。
印刷。両面ともにパソコンかしらね。
文面も今見ると苦労の跡が伺える。
翌日、大掃除もほぼ終わり御節に入れるものなどをお買物に。
律に車を出させてあれやこれやと買い、ふと。
こういうの山沢さん好きかしら、なんて思ってしまう。
毎年なら買わないものも少し買って帰宅。
「…お母さん、何でそんなの買うの?」
「んー、お正月山沢さん来るのよね。こういうのあの人好きだから」
「あ、山沢さん、くるんだ?」
「多分大晦日のお昼頃に来るんじゃないかしらね。
来たらすぐに寝かさないと駄目でしょうけど」
「なんで?」
「4時間睡眠なんですってよ。月曜から30日まで」
「へー、大変なんだ?」
「あんたも就職考えないとねえ」
「ははは…」
薮蛇、そんな顔している息子に頼りなさを少し感じて、まだまだ頑張らなきゃと思う。
来年も生徒さんが増えるといいわねえ。
きっと山沢さんも手伝ってくれるでしょうし…。
別れなければ、の話だけど。
あの人だって他に好きな人が出来るかもしれないわよねえ…。
そうなったらどうしよう…。
「どうしたの、お母さん急に」
「なんでもないわよ。さ、帰りましょ」
律の運転する車に乗って、ぼんやりと考えてしまう。
今はいいけれどいつか、私が年を取ったらしてくれなくなるわよね。
若い子とするようになって私から離れていくかも。
やっぱり兄さんと結婚…山沢さんと兄さんがえっちなことするなんて…いや。
「お母さん?ついたよ?」
「あら?ごめんね、ぼーっとしてたわ」
「おばあちゃん、ただいま、これどこ置いたらいい?」
律と一緒に食材を降ろして片付けるものは片付けた。
下ごしらえをお母さんとする。
「じゃバイト行って来るから」
「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」
友達と旅行に行きたい。そう言ってたわね。
お母さんと二人で台所仕事をする。
「ねえお母さん…」
「なんだい?」
「あと10年もしたらきっと山沢さん、離れていくわよね…」
「うん?」
「だってもっと若くて綺麗な子沢山居るでしょうし…」
「あー…多分山沢さんは大丈夫だと思うけどねえ。絹が私の年になっても一緒だろ」
「そうかしら?」
「大晦日にでも聞けばいいじゃないか、きっとそう言うよ、あの子」
「うん…」
「なんなら養子にしたらいいじゃないか」
「え?」
「この間ね、ガーデニングの集まりでそんな話を聞いたんだよ。
同性愛者は結婚できないから養子縁組をするんだそうだよ」
「うーん。同性愛者って言われると…なんかいやねえ」
「いざとなればの話だからね」
そんな話をしながら御節の準備をして、29,30日と日を過ごす。
黒豆もつやつやに出来たし、きんとんもいい感じね。
夫に食べられないようにして、夫が食べていいものを出しておく。
長く暮らす間にそれくらいはするようになった。
普段は食べられたら作ればいいわよ、と思っているけれど。
最近お風呂に入っているときや寝るときに山沢さんを思い出してしまう。
あの人はうちに来ると優しくて、あの人のおうちだと激しくて。
うちだとちゃんと声が他の部屋に聞こえないように気を使ってくれる。
朝、山沢さんの腕は私の噛んだ跡で腫れている。
いつも私の限界を見てやめてくれる。
物足りないって思ってるのはわかるわ。
だから。
あの人のおうちでするときは泣いてもやめてくれない。
次の日立てないほどされて。
たまに激しいだけじゃなく酷いことをされる。
私がしたことへの報復に。
でも痛いことはされたことがなくて。
体は気持ちと裏腹に喜んでしまう。
女っていやね。
あの人は怖がらせるのが好きなのに怖がられると悲しそうにする。
だから、つい受け入れてしまうのよね。
優しくしてって言うとしてくれるし。
本当は激しくしたがってるのわかってるんだけど。
私、激しいのはあまり好きじゃないのよね…。
以前はうちでも酷いことをされてたけど。お尻に入れられたり。
あんなところで気持ちよくなったなんて言えないわ…。
あの人だけが知っているけれど。
裸で抱き合っていると山沢さんもやはり女の子で、胸もあって。
でも私より筋肉質で。
いつも泣かされるから山沢さんを泣かせたくなっちゃって。
でも手を出すと後が怖いのよね。
気持ちよくなるのがいやなのかしら。
それとも弱みを握られたと思っちゃうのかしら。
よくわからないけれど。
私よりほんの少し背が高いけれどキスをするときは少し上を向けば出来て。
お稽古前にわざとしてみたり。
だって山沢さんはお稽古のときはえっちなこと絶対してこないから。
困ってる顔が可愛くてついしちゃうのよねー。
結構律儀で旅行のときもご飯の前とか時間が決まってるときはしなかったわ。
うちでも夜、私が部屋に行くまで待っていてくれる。
だけどお昼間、抱きつかれるのも嫌いじゃないわ。
見られる心配がなければだけど。
いい着物を着てるとき、絶対触れてくれないのよね。
普段の、木綿の着物だと不意に引き込んでキスしたりするくせに。
脱がせて、と言っても手を洗ってからしか脱がせてくれない。
前に怒ったからかしら。
あら?そういえば山沢さん、月の物はいつなのかしら。
スパッツを穿いてるときがあるけれどそれがそうだったのかしら。
それとも妙にいらいらしてるとき?
激しいとき?
今度機会があれば聞いてみましょ。
今年の御節はいつもより一段増えて、山沢さんの希望に応じて色々入れる予定に。
たたきごぼうとか、なます・田作りを多めにとか、味噌漬け、焼鰤、等々。
お味噌とお餅は持ってくるって言ってたけど。
こちらのお雑煮だとお正月気分になれないって言ってたわねぇ。
すこしお相伴させてもらおうかしらね。
そういえばところてんをおかずに出したら手をつけてもらえなかったわね。
食文化が色々と違うみたいだからうちに入ってもらったら大変かしら。
うーん、自分で作ってもらえばいいわよね。
そうそう、年越しのおそばは山沢さんの分もいるわよね。
天麩羅でよかったかしら。メールしてみましょ。
すぐにメールが帰ってきて、天麩羅はいらなくて鰊を持っていくからと書いてある。
ああ、そういえばあちらはにしんそばなのね。
メールって便利ねえ。お仕事中でも気にしなくて良くて。
山沢さんはメールで愚痴を書いてこなくて、私の愚痴に対して励ましてくれる。
もっと甘えてくれてもいいのに。
お母さんにそういったら、ちゃんと山沢さんは甘えてるだろ、と言われた。
そうは見えないわ…。
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