「ありがとうございました」
教室の生徒さん達が帰っていく。
それと入れ違いに来る生徒さんもいる。
「こんにちは、律君」
山沢さんだ。
「こんにちは、今日も暑いですね」
「いやぁほんとに」
「あら山沢さん、いらっしゃい」
「こんにちは、お邪魔します」
「水屋、お願いできる?」
「はい」
母に水屋を任されているようで、すぐに茶室に入られる。
以前は母と祖母が交代で食事や休憩を取りつつ教室をしていたけど、
最近は山沢さんがお昼の早いうちに来て後始末と、次の用意などをしているらしい。
その間に祖母と母がお昼を食べて休憩をする。
教室が終ると以前は4人で食事していたのが5人になり、
夕飯の支度や後片付けを手伝って泊まって行かれる。
「山沢さんってなんでいつも泊まってくの?」
と母に聞いたことがある。
「あぁ、山沢さんねえ、うちから遠いのよ。だから」
「どれくらい?」
「スムーズに乗り換えて1時間半かしらね」
「えっなんでそんなとこからうちに?」
「紹介されたらしいわよ」
「へー、そうなんだ?普通近所に行くよね。教室がないくらい田舎とか?」
「そんなことないでしょ、あの人築地に住んでるのよ」
「あっちなら沢山あるのになんでなんだろう」
「希望の時間帯とか、曜日とか、どこまで教えるかとかそういうので決まるのよね」
「ふーん」
というわけではるばるうちまで来て習っている。
泊まるようになったのは祖母から着物の仕立を習うためだったらしい。
それからずるずると休み前に泊まるようになったようだ。
先月は山沢さんは母と京都に旅行に行った。
女性だと僕は知っていたけど、あの格好で母と旅行では噂も立つよな、と思った。
お茶の勉強会だといってたけど。
その後も展覧会だ、なんだと母と山沢さんが出かけて行く。
秋の初め頃には母が山沢さんの家に泊まりに行ったりして、随分山沢さんと親密らしい。
青嵐は気にならないようだ。
祖母は母が旅行だお泊まりだというと教室が大変なようで僕を使う。
生徒さんたちは噂好きで母と山沢さんが不倫の仲じゃないかとか、
どうでもいい事を耳に入れてくれる。
山沢さん、すっかり男の人と思われてるよね。
うちでくつろいでる時は胸が見えたりしてやっぱり女の人だとは思うけど。
というか隠して欲しい。
僕だって一応男なんだから、お風呂上りに浴衣をざっくり着るのは勘弁して欲しい。
まだ司ちゃんのほうが隠してくれて助かる。
冬になりつつある頃気づいたんだけど山沢さんは母と同じ布団で寝て居るらしい。
山沢さんに聞くと、一人で寝るのが嫌いなんだそうだ。
一人暮らししてるのに?と思った。
そしたら一人住まいの一人寝はわかってることだけど、
人が居る家なのに一人は寂しくて嫌いなんだって言ってた。
祖母と一緒に寝たこともあるらしい。
山沢さんは結構寝相が悪い、と祖母が言う。
寝ぼけて抱きつくんだそうだ。
だから僕は山沢さんを起こしに行っちゃ行けないらしい。