玄関の開く音。
「こんにちはーおばぁちゃんいるー?」
がらっと襖を開けられて絹先生が焦っている。
「どうしたんだい?」
「お母さんからこれ預かってきたんだけど」
「もう手に入ったんだねえ、ありがとう」
とガサゴソと開封されている。
なんだろう。
「あれ。おばさん、それ、綺麗…」
「あぁこれ?鼈甲なのよ~。いいでしょう?」
絹先生と司ちゃんは簪を見て女の会話だ。
先生の髪に重くなったら司ちゃんに渡るんだろうなあ。
八重子先生の手元を覗き込む。
「司の近所に刃物屋があってねえ」
花鋏か。
「青紙ですか。いいですね、高いでしょうねえ」
「そりゃあねえ」
「昔何も知らないで黄紙買ったんですよね。もうどうにもならなくて」
「あんたみたいな不精者ならステンレスがいいんじゃないかい?」
「今思えばそのほうが良かったですねえ」
「やっと今のを研ぎに出せるよ」
「ああ、自分では中々に砥げませんよね、つい両面研ぎそうになります」
「あんた鋏も研ぐの?」
「私は研いでましたよ、なんせ黄紙ですし。
枝の数本も切れば切れなくなってるの実感できます」
「そんなに黄紙だと切れなくなるかい?」
「普通はそうもならないでしょうが下手に握力がある分、無理に切るので」
「石があれば割れるところを探らずに叩き割るタイプだね」
「まさしくそういうところあります。短気ですので」
簪の話題が終ったようだ。
「司ちゃん今日は泊まってくの?」
あ、それは聞いて欲しい。
「律は今日は…?」
「晶ちゃんと今出てるのよ、夜には戻るけど」
「じゃあ待ってようかな、おばさん、いい?」
ちっ泊まるのか。
八重子先生が笑っている。
「絹、山沢さんと買い物行って来てくれるかい」
「今朝うちのお父さんがねえ、6合食べちゃったのよ。で、お米が心もとないの」
「ああ、はい」
「あ、私も一緒に行った方がいいかな」
「司はうちにいてくれるかい、茶道具出すの手伝っとくれ」
うまく誘導してくれるなぁ。
いそいそと先生と二人でお買物。
結構好きなんだよね、一緒にお買物するの。
野菜や肉などを購入して米を買って担ぐ。
「力持ちの良い旦那さんねー」
なんて言われてしまった。
どこかの資料館に5俵担ぐ女性の模型あるけどあれは無理だと思う。
米どころや米屋なら2袋は軽いらしいが、それすら無理だ。