----絹
「ただいまあ」
帰宅して居間にいる母に声をかける。
「はい、おかえり。どうだった?」
「良かったわよー、お芝居もお食事も」
「あれ?あんたそんな羽織持ってたかね?」
「ああこれ、山沢さんのなのよ。ご飯食べて外に出たら結構冷えてて。
家まで着て帰ったらいいって貸してくれたのよ」
敷きたとうを出し、その上で脱ぐ。
羽織を脱いで見ると羽裏は結構手が込んでいる。
「あら…織ね」
帯を解き、伊達締めをとくと胸から何かが落ちた。
母が拾ってみるとぽち袋だ。お車代と書いてあり、3万円が入っていた。
「いつの間に入れたのかしら…?」
そのまま寝巻きに着替え、衣桁に着物をかけて片付ける。
母にお芝居と食事の話をしながら。
もう遅いから、とすぐに寝ることにした。
翌昼、庭を掃除してると母に来客。
私が男性と見詰め合っていたとか、料理屋から二人で出てきたとか
夜の街を仲良さ気にくっついて手をつないでいたとか、母に言ってる。
見られてたみたい。困ったわ…。
母が私と仲のよい弟子で女性と説明してるけど…納得してもらえるのかしら。
掃除を終えて居間に戻ると、お客さんはもう帰ったみたいで、
母が山沢さんの羽織を見ている。
「いい羽織だ。この柄は何かねえ、雅楽の楽器?」
「ひちりきっていうんじゃないかしら。あらでもこの柄、お寺よねえ?」
今時こういう羽裏は珍しい。
「山沢さん、案外女遊びになれてる人なのかもしれないねえ」
「えっどうして?」
「あんた昨日ぽち袋入ってたの気づかなかったんだろ?
贔屓の芸者の一人や二人いるかもしれないねえ」
そうなのかしら…。
嫌だわ…。
そう思いつつ、羽織を畳んでたとうに仕舞った。