翌朝。
それなりに荷物も動いて疲れて帰宅。
ほんの少し一服してから移動する。
ちょっと電車の中で寝て、先生のお宅へ。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい」
「これお土産。晩飯にどうぞ」
「あらっ なあに?」
「鯛の子の炊いたんと飯蛸の炊いたんです」
「あらーいいわねぇ、おいしそう」
「冷蔵庫入れときますから」
「うん、お願いね」
タッパーを冷蔵庫に入れて水屋の支度。
「あ、山沢さーん、今日は小習もちょっとするから。荘物の用意しといてくれる?」
「はい」
今日やったものを風炉一回目にもする、という中々生徒さんには大変な。
用意を済ませて茶室で待つ。
……先生も来たけど生徒さんが来ないぞ。
電話が鳴る。
八重子先生が受けているようだ。
「絹ー? 生徒さん電車乗り過ごしちゃって遅れるんだって」
「あらそうなんですか。どれくらい?」
「30分か1時間ってさ。山沢さんのお稽古しちゃったらどうだい」
「そうねえ、そうしましょうか。山沢さん、入って」
「はい」
真の行のお稽古を一度終って落ち込んでいると次の生徒さん。
「あら? 山沢さん、どうしたの? 何か落ち込んでるみたいだけど」
「いやぁ覚えが悪くて叱られてるだけです」
「やーねーそんなに簡単に覚えられたらお稽古する必要ないじゃないの~」
ばっしばっし背中を叩かれる。
おばちゃんは強い。
ほほほ、と先生も笑っているが、先生が怖いのはこの生徒さんは知らないからなぁ。
その後は遅れた生徒さんが来たりおやすみの生徒さんもいたり。
うまく時間を都合してお稽古が進む。
みなさん荘り物は苦手かな。
先生はうまく生徒さんを誘導したり世間話にも少しは付き合ったり。
上手だよなぁ人あしらい。
皆さん帰られて、更にもう一度俺へのお稽古。
先ほどまでの和やかムード一転、だ。
怖い。
やっぱり厳しい。
「今日はこれまで。片付けておいてね」
「…はい」
台子や釜、水屋をしまい、火の気を確認して戻る。
ん、いい匂い。なんだろう。
八重子先生がお大根を炊いたらしい。
今日は煮炊物だな。
俺の分に、とハムステーキ。
ソースは八重子先生が作っていてレモンバターにパセリかと思ったら大葉だった。
レモンが強めで美味しい。
苦味が出てないのは八重子先生の握力のなさだろう。
しかし律君。
大学生の男の子が土曜の夜に家で晩飯を食うんじゃない。
合コンとかデートとか友達と遊びに行くとかないのか。
先生たちは律君の一人暮らしは否定的だ。
男の子が外泊するのに家に電話している姿と言うのもなんだかなぁ、と思うんだが。
どうしても食事が心配、と仰る。
確かに毎日作る習慣がないから大変だろうが…開さんだってしてたし。
なんとかなんじゃないか?
「山沢さんの食事見てるとねぇ…」
「それを言われると。
だけど家に女の子を連れ込んだりとか親のいる家にはしにくいでしょう?」
「連れ込むなんてそんなの許しません!」
「へ?」
「責任取れないでしょ!」
「あ、そっち? 責任って結婚すればいいと思いますけど」
「それにそんな…男の家に上がりこんで泊まるような子いやだわ」
「あ、たしかにそれはちょっと。結婚するつもりならわかりますが」
「でしょ?」
「できたらお茶お花、出来る方がお嫁さんだといいですね」
「そうねぇ。お教室続けやすくなるものね」
「でもお嫁さんに俺にしてるようなお稽古はやめたほうがいいですよ」
「どうして?」
「嫁いびりと間違えられますから」
「あらあら」
先生がぷっと笑って思わず俺も笑う。八重子先生も笑ってる。
「晶さんならそんなこと考えずに済みますけどね。
おばあちゃんはおばあちゃんのままですし。おばさんがお義母さんになるだけで」
「あら。晶ちゃん?」
「晶さんにいい縁が来なければ考えてもいいんじゃないですか?」
「…そうだねえ」
などとしゃべっているうちに夜が更けて冷えてきた。