翌朝仕事中に電話。
律君が帰ってこなかった?
まさかの外泊?
今日は様子を見るけどと心配そうだ。
仕事のあとお稽古に向かう。
お宅へ着き、先生方が食事をしているのを見れば食が進んでない。
二人ともじゃ流石に、ということだろう。
それでも先生は気丈にもお稽古のときだけは気を張ってにこやかにされる。
終った途端溜息だけど。
水屋を片付けていると俺の背に頭を寄せて、ごめんね、と言う。
「どうしたの?」
「溜息ばかりついちゃって。嫌でしょ…」
手を拭いて懐に入れた。
「身内が二人して、なんて溜息出るの当たり前でしょう。早く帰ってくると良いんだけど」
「うん…律、どこ行ってるのかしら…」
「ほら、まだ一日だけだから友達の家とか、女の子と一緒とか」
「だったらいいんだけど…」
「司ちゃん、聞いてみました? 彼女なら行動をともにしてませんかね」
「あ、そうよね、電話してみるわ」
ぐいっと胸を押して俺から離れ、電話しだす。
晶ちゃんにも。
今のところ心当たりは無いようでがっくりと肩を落として俺の膝に来た。
「調べるって言ってくれたけど」
「俺もちょっと探しはしますが接点が少ないからなあ」
八重子先生が食事と呼びに来て取敢えず食卓へ。
孝弘さんにも先生が相談。
表情からすると今回はかかわってなさそうな…気がする。
食事を終えて帰るとき、先生が寂しそうだ。
「明日、また来ます。明後日も来ても良いですよ」
「来てくれるの?」
「ええ。寂しいのなら」
「本当は帰したくないわ。でもあなたお仕事だものね…」
「こればっかりは勝手休み出来ませんからね」
引き寄せて撫でて。暫くして離れ、別れた。
帰宅して就寝。
木曜も暇で。早めに先生のお宅へ。
「こんにちは。先生…ちゃんと食べないといけませんよ」
「あ、いらっしゃい。胃にもたれちゃうのよね」
おもやつれして可哀想だ。
それでもお稽古となると背筋がぴんと伸びて気配も朗らかになる。
無理してるの知ってるだけにサポートをしっかりして差し上げ、遅滞なく終った。
「明日も来ますね、お手伝いさせてください」
「いいの? 疲れない?」
「大丈夫。俺が強いの知ってるでしょう」
軽くキスだけして帰宅した。
さてさて金曜、いつもなら仕事の後は昼寝をしているが今日は特別に。
ブリと小ヨコを持って先生のお宅へ着いた。
「ん? 山沢さん? どうしたの」
八重子先生に驚かれた。
「や、お疲れみたいですからお手伝いにと」
「ああ。ありがとうねえ」
「台所に魚置いてあるんで夕飯にでもどうぞ」
水屋を用意してお茶室をざっと雑巾がけし、生徒さんを待つ。
生徒さんが来ると食事と小用を済ませた先生が戻ってきてお稽古開始。
上の方の水屋の準備は結構大変だ。
間違えないように気をつけつつ、稽古を眺める。
難しい点前をあまり間違えずにされていて修練の差かな。
皆さん帰られた後、先生が俺にもたれてきた。
「疲れたわ…」
だろうなぁ。
「水屋、やっときますから居間でくつろいで来たらどうですか」
「邪魔かしら?」
「そうじゃなくて」
ちょっと慌てたら八重子先生が絹ー、と呼んでる。
はーい、と先生が居間へ行った。
水屋を仕舞いにかかり、片付けていく。
騒がしいがどうしたのだろう。
片付け終わって居間に顔出すと律君がぼろぼろになって帰ってきてた。
先生がしがみついてるが…。
「先生、律君風呂に入れたほうが良いかと。怪我の治療しませんと」
「あ、そうよね。そうよね、お風呂、一人で入れる?」
「うん、大丈夫」
「手伝ってあげるから、ほら」
「いいよ、一人で入るって」
「あ。いや私と入ろう。傷口かなり洗う必要あるから」
「えぇー」
嫌がりはしたものの強制的に一緒に入る。
傷を洗ってると声にならない悲鳴を上げているがこればっかりは仕方ない。
全身くまなく触れてみる。
先生が心配そうにしているが打撲と擦り傷だな。
一応破傷風が気になるから病院へ行くことに。
先生と律君を乗せて行き、付き添う。
注射は嫌そうだなぁ。
律君が消毒されるのにうめく声に先生は耳をふさぎたい様子。
俺の腕を握り締める、その手も汗ばんでる。
終って会計を済ませて帰宅。
「どうだった?」
「打撲と擦り傷だけだったわ、よかった」
「今日は熱が高くなるって言ってましたよ。布団敷いてください、律君寝かせます」
「はいはい」
既に発熱してぐったりしてる。
先生が横に着いて今日は様子をしっかり見るそうだ。
「じゃ、私はこれにて」
「今日はありがとねえ、助かったよ」
「いえ、無事に見つかってよかったですね。ではまた明日」
帰宅途中パンを買い食らいつつ移動して空腹をごまかした。
家に着いてすぐに布団に潜り込む。
疲れた。