朝になって仕事をしていると社長が呼ぶ。
「折角芝居を、と予定入れさせたのにすまん! 会合忘れてたから行ってくれ」
「えぇーー、そんなのありですか」
「すまん、本当にすまん。すっかり忘れてた」
「もー! じゃ先生にお友達でも誘うように言います」
携帯から電話を掛け、先生を呼び出す。
「いまいいですか。芝居誰か他の人と行ってください。八重子先生でもお友達でも」
どうしたのよ、と聞かれて説明をするとわかってくださった。
電話を終えて溜息一つ。
あーぁ、久々のお出かけだったのにな。
会合の中身はまた芸者遊び。
他の奴ら、芸者はちょっとと敬遠するからなぁ。
ピンクコンパニオンの方が良いらしい。
当日来るの、誰だろ。宗直さんいると楽でいいんだけど。
若い子を相手にしちゃ先生に聞こえた時に困る。
古い人たちは外で声を掛けてこないし、掛けられたところで先生も気にしないだろうが。
若いのは営業しようとするのもいたからなぁ。
仕事を終えて面白くないので飲みに出た。
久々にくどいものを食べる。
塩辛く感じて、やっぱり先生の家のご飯に慣れているのと疲れてないのと。
夕方、思いついて髪結さんへ。
随分伸びたから切ってもらった。
襟元が少し寒い。
風邪を引かぬ間にあわてて帰宅。軽いものを食って早めに就寝した。
翌朝久々にネックウォーマーをつけて出勤した。
「お、短くなったなー」
「マジ寒いわー!」
「風邪引くなよ」
「ちょっと切っただけなのになぁ。くっそ寒い」
それでも仕事が忙しければ温まるんだが。
寒いなーと思ったまま帰宅して風呂が気持ちいい。
家を出る時に暖かい方のマフラーをして出た。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい。どうしたのそんなモコモコで」
「はぁ」
マフラーを取って見せると髪を混ぜっ返された。
「あらやだ、随分短くしちゃったのねえ。寒いの?」
「寒いです」
「火に当たってなさいよ」
居間に連れて行かれて炬燵に入れられた。
「いや、そこまで寒いわけでは」
「風邪引いたら困るじゃない」
「過保護ですよねえ」
八重子先生が笑ってる。
「しかしえらく切ったもんだね」
「なんか今流行の髪形も進められたんですが流石にそれは…先生とつろくしないので」
「つろく?」
「あ、ええと、釣り合わないかと思いまして」
「どんな髪型かしら」
「うーんと、そうだ。先日律君のお友達で白い服の子。あの子のような頭です」
「あぁ。あれはちょっとねぇ」
さてと温まった。もう良いだろう。
「そろそろ用意してきます」
「まだ良いんじゃない?」
「いや、そろそろしないといけません」
炬燵から出て水屋で支度をする。
整った頃生徒さんがいらした。
ほら、丁度良いじゃないか。
先生も戻ってきて挨拶を交わし、開始した。
まったりとした雰囲気でお稽古は進む。
先生の機嫌もまぁ良い。
そのまま俺へのお稽古にかかる。
優しい。やっぱり機嫌がいいときは優しい。
明日のことは知られないようにしないといけないな。
後片付けをしている間に先生は台所の手伝いへ。
おいしそうな匂いがする。今日は何だろう。
先生がご飯をよそう前に気づいた。
「待って、俺の良いですっ」
「…もしかしてひじき苦手なの?」
「すっごく苦手です」
「仕方ないわねぇ。冷凍庫の温めてきなさいよ」
「はい、すいません」
蕪と鶏の葛煮がおいしそうだ。
チンしてお茶碗に入れて戻れば律君以外席に着いている。
「律は遅くなるんですってよ」
「あらそうなの」
いただきます、と手をつけて肉の甘味噌炒めがうまい。
今日のメインは魚だから俺の分は別にしてくださっている。
菊菜の胡麻和えもうまい。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
「そういえば献立、どうやって決めてるんですか」
「ん?」
「ほら、こういうのいつも作られないでしょう?」
「そりゃあ買物行った時に目に付いたからとかそういうもんだよ」
「いやそういうんじゃなくて。たまに傾向が違う物が」
「あれじゃないの。お母さんが買ってくる雑誌」
「これかねえ」
あ、レタスクラブ。なるほど。
「ただいまー」
「おかえり、手を洗ってらっしゃい」
「うん」
手を洗って着替えてから戻ってきた。
「あぁおなかすいた」
くすくす笑って先生がご飯をよそってあげている。
お母さんしてるのも良いね、ほほえましい。
先生は明日の用意をしはじめた。どれを着るかは決めてたようだ。
俺も一緒に行きたかった。
「誰と行くことにしたんですか?」
「お友達。あ、そうそう。一応、あちらにも窓口でどう言うか伝えたいんだけど」
「メールアドレスご存知です?」
「うん、知ってるわよ。ちょっと待ってね」
携帯を探ってメール作成画面を出し、明日のことについての文面を打っている。
「続き書いてくれる?」
「はいはい」
できるだけわかりやすく、且つ簡潔にを心がけて書いた。
「これでいいですか」
ぶつぶつ、と先生が読んで納得したようだ。
いくらか付け加えて送信した。
「明日はおばあちゃんもおでかけなのよ」
「あ、それでお友達ですか」
なるほどね。
「お昼済んでからだからあんたもその時間までいるわよね?」
「どちらでもいいですよ、手間なら早く帰ります」
「三人分も四人分も変わらないわよ」
そういいつつ支度を済ませ、風呂に入られた。
俺は洗い物を。
台所を綺麗にし終わって戻ると次に入れと指示が出る。
だったら待たずに、と先生の入ってるところにお邪魔した。
「お邪魔しまーす」
「あら? もうちょっとしたら出るのに待てなかったの?」
「待てませんね」
抱き締めてキスをする。
「ん…だめよ。もうっ」
先生が湯船に入り俺は掛湯して股間を洗ってから一緒に浸かる。
くいくいっと股間の毛を引っ張られた。
「なに?」
「白髪あるわね」
「そりゃありますよ」
「切らないの?」
「なんで?」
「切ってあげるわよ」
「…身ぃ切りそうだから遠慮する」
「そんな不器用に見える?」
「だって悪戯するでしょ、どうせ。そしたら危ないじゃないか」
「あら、ばれちゃった?」
「いたずらはされるよりするほうが良いな」
そう言って先生の乳首に軽く歯を当てる。
そのまま後頭部を押さえ込まれて湯面に顔を突っ込むことになった。
暢気に押さえたまま数え歌を歌っている。
3つばかり歌い終えた後やっと離してくれた。
「はっ、はっ、はっ、はっ、ひでぇ」
「うふふ、こんなところであんなことするからよ」
「だからって」
「口答えしないの。また浸けるわよ」
「う…」
「さ、そろそろ上がりましょ」
「はーい」
しっかりと水滴を拭き取って寝巻きに着替える。
交代で皆が入っている間に先生は寝間の準備、俺は火の始末と戸締りを終えた。
八重子先生が上がってきたので寝ることにして挨拶をする。
先生はまだ戻ってこないのでこっそり明日のことをお耳に入れた。
「わかったよ、大丈夫内緒にしておくよ」
「お願いします」
おやすみなさい、と別れて寝間に入るとすっかり寝支度は整っている。
「寝ましょうか」
「そうね、そうしましょ。あ、今日はしちゃだめよ」
「…わかりました」
諦めた。
布団の中に入ってなでているとむらむらするが仕方ない。
すぐに寝息に変わっている。
キスしたら叱られた。
「寝るっていったでしょ。おとなしくしないなら部屋で寝るわよ」
「むー…」
頭をなでられて寝かしつけられる。不本意だ。
少し唸ったのが聞こえたらしい。
「ねぇ。明日お芝居の後あなたの家に寄るから。ね、了見して」
ふうっと息をついてわかったと答え、先生を寝かせた。
翌日、昼を食ってから帰宅。
外出の用意を整えた。