バレて出入り禁止になったあと、山沢は隣の市の先生についている
女性らしく着物を着て髪を伸ばして。
今の先生は飯島先生とはお知合いだが、なぜ移籍したのかはお知りではない。
山沢は男の点前を封印し、女のお点前をのみお稽古している。
真面目で物静か、お点前の覚えもよく上手な生徒、無口という印象だ。
そんなある日の稽古。
上のほうの先生が出張稽古に来られた。
そう、講習会の講師の先生だ。
こちらを見て首をひねっている。
「君。確かいつだったかの講習会で飯島さんと一緒にいた方だね?
なに?こっちに移ったの?」
「はい」
それ以上は何も聞かれず、移籍はよくあることらしい。
お稽古が始まった。
私の番が来る。
「山沢さんは男で行之行、濃茶、拝見」
講習会でやったやつだ。
色々と思い出してしまうが、スムースにお茶を点て、出す。
照りもよい。上の先生が一口飲まれる。
すぐに茶碗を返された。
お仕舞いの挨拶があり拝見もなく仕舞う。
次客に座る先生は何で?という顔をされている。
すべてを水屋へ仕舞っていると、先生が上の先生にお伺いを立てている。
「なにか不都合でもございましたでしょうか…」
上の先生は苦笑する。
「湯の温度も練りもよろしい。点前もよろしい。問題ありませんよ」
稽古場は少しざわついたままお稽古は進む…
見学の場に戻ると、「今日は帰りなさい」と上の先生がおっしゃる。
すぐにお先に失礼します、と先生宅を出た。
練ったお茶には精神状態が出る。
どんなに綺麗に点ててあるように見えても、あのお茶ではわかる。
山沢は山に分け入る。人が来ないところで落ち着きたい。
そう、山沢はまだ絹に心を残している。
風の便りに噂を聞いては落ち込み、茶会へ行けば来ては居られぬかと探してしまう。
山沢は稽古場ではできるだけ真面目にお稽古をしているつもりだ。
だが今回のように思い出されてしまうことがある。
これまではそんな状態で点てた茶でも、飲む人は生徒さんで気づかれなかった。
さすがに上のほうの先生にはわかってしまうようだ。
少し開けた岩場につき、風呂敷を広げて座る。
バッグから喫煙具を出し、一服つけようとするが火がなかなかつかない。
山沢は苦笑し、あの日のことを思い出していた。
その日は展覧会を見に行く予定だった。
先生宅に一度寄ってから二人で行く、そういう予定であった。
「おはようございます」
そういって玄関を開けると八重子先生が出てきた。
「山沢さん。来なさい」
なんだこの緊迫感…。
居間につくと絹が青い顔をしている。
まさか…!
「説明してもらうよ。絹と何をしていたんだい?」
私も一瞬で青くなる。
「ええと、あの、なにをといいますと…」
言った瞬間、顔を張られた。
「絹とsexするなんてふざけた事をしておいて、何がはないだろう!?」
やっぱりバレか!
「も、申し訳ありません!」
平身低頭、これしかない。
「どういうきっかけでそうなったんだい」
酔ってほとんど意識のない状態を襲ったこと、その後は脅したこと、
すべて主体は私で絹先生からそういうお誘いはなかったことなどを話す。
完全になかったとはいえないが、そこはそれ。
俺が無理を押したことにするほうが角は立たない。
ああ、八重子先生怒ってる。どうなるんだろ私…。
「山沢さん、あんたは出入り禁止だよ! 絹、あんたは外出禁止!」
つまり会うなってわけですか。
デスヨネ。
山沢は追い払われるように先生宅を出た。
絹先生は見送るのも禁止され、叱言を食らっていたようだ。
思い出すだに、折檻を食らってでも続けたかったあの日々がつらく悲しく、懐かしく。
そして会えない日々を暮らしている己が情けなかった。
山沢にもう少しの思い切りがあれば駆け落ちをしただろうか……。