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百鬼夜行抄 二次創作

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伶(蝸牛):絹の父・八重子の夫 覚:絹の兄・長男 斐:絹の姉・長女 洸:絹の兄・次男 環:絹の姉・次女 開:絹の兄・三男 律:絹の子 司:覚の子 晶:斐の子

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4

それから数回の訪問があったけれど泊まられるのに何もなく、
不審に思ったまま満中陰を迎えた。
今日で忌みが明ける。
夫の両親、義兄、友人が集まり法事を行った。
あちらのお父様は申し訳ない、と言って下さったけれど…。
義兄はこれで縁は切れた、もう身内じゃない、そう言って帰られた。
そう言われると少し文句のひとつも言いたくなる。
翌日、友人につい愚痴をこぼしてしまった。
ついでに今のところは何もないことを不思議に思うことを相談する。
「不能か喪が明けるの待ってるんじゃない?」
だとすると明日?
さっと血の気が引く。
「嫌な事言ってごめんね、でもあんたまぁこういう事になるのはわかってたでしょ」
「でも…」
「今のところは優しいんでしょ、だったら良いじゃない。する事はみんな同じよ」
そうは言うものの、ここ数年してないのもあり怖くてならない。
「出来るだけ怒らさないようにね。すべて受け入れるようにしたらいいのよ」
「そんなのできるかしら…」
「女はね、そういう時は受身でいたらいいのよ。何とかなるわよ」
何とかなるものなのかしら。本当に。
少し心配なまま、あの人が来る日を迎えた。
何事もない振りをしていつものようにもてなす。
夕飯を済ませお風呂を沸かしに立とうとした、そのとき。
「待ちなさい」
はっと見る。
あの人がぱたり、と縄を置いた。
「なにを…」
まさか…。縛られるの…?
さっと衣擦れの音がして、後ろから両肩を掴まれた。
怖くて動けない。
あの人の手が腕を伝わってきて手首を掴んだ。
後ろ手になるよう誘導され、しゅるりと音がして縄を掛けられた。
胸に縄が掛かる。
着物の上からではあるが縄と同時にこの人の手が触れて行く。
つんと胸の奥に響き、苦しい気がする。
喉に指が這う。
ぞくりと怪しい気持ちが湧き上がる。
膝を崩された。
足袋の上に指が這い、縄が掛かり、ふくらはぎ、太ももと掛けられる。
楽しそうな顔で私を見る。
この人の手があちこち触れるたびに心を乱される。
縛っては解くその手は無骨なのに器用で。
縄の擦れる音、衣擦れ。二人の吐息。
翻弄されるのが辛くなって涙がこぼれた。
ゆっくりとすべての縄が解かれ、腕を撫でられる。
そのままいくつか聞かれたがわけがわからぬまま答える。
大きくうなづき私を置いて部屋から出て行った。
ほっとして腕をさすり、足をさする。
もうこんな時間。
あの人が戻ってきた。
「脱げるかな」
そういって私の帯に手を掛ける。
つい抵抗してしまった。
だけど力が入らない。あっという間に肌襦袢に裾除け姿にされた。
布団に下ろされたので掛け布団を楯にしていたらまた部屋から出て行った。
少し気抜けする。
気配に耳を澄ませば戸締りをしているよう。
戻ってきたら、されてしまう。
身をすくめていたのに同じ布団に入ったこの人はお休みと声をかけて寝てしまった。
いったいどういうつもりなのかしら。

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3

夫と死に別れ、借金を清算し終えてほっとしたのもつかの間。
金融業者の取立てに遭い、初めて夫が別のところに借りていたことを知った。
1200万円という大金に驚き、うろたえ。
即日と言いたいところだが、と一週間の猶予を与えられたけれど…。
無理なら家を売り払い、私をソープで働かせると…。
あわてて金策に走ったものの、そんな大金作れなくて困っていると業者がやってきた。
この家と私を買うと…。
愛人のようなこと、いやだと思ったけれど。
ソープに行くかと迫られればまだ、と諦めて。
いろいろと聞かれるがまま話すと脱げと言われまたうろたえる。
三人もの男の人の前で脱ぐだなんて…。
隣の部屋に追い立てられて、私を買うという人だけになった。
早く脱げ、と言われても手が止まる。
震えて紐が解けない。
「目をつぶって深呼吸しろ」
手の震えがおさまった。
けれど長襦袢を脱いだところで手が止まる。
「ここには誰も居ない、そう思って脱げ」
そういわれてもなかなか脱げるものじゃないわ、と言い返したくなる。
「ソープに行ったら私一人じゃないぞ」
脅されてしぶしぶ脱ぐと手をどけろ、後ろを向けなどと命令された。
品定めのように無遠慮で、それで居て逆らえない。
ソープはいや。
ただそれだけのために我慢をする。
着ても良い、と言われて部屋に置き去りにされた。
ほっとして着物を着る。
隣室の会話を伺いつつも着付けていると業者たちは帰ったよう。
私を買うと言った人を残して。
少し悩んで、お茶を入れることにした。
お茶菓子をお盆に載せて一緒に出す。
これからどうしたらいいのかしら。
教室はたたんむしかない? それから?
ぽつりと口をついて出た。
すると先程は聞かれなかった、日々のタイムスケジュールを聞かれた。
水曜と日曜をお稽古の休みにしていること、でも水曜は自分のお稽古があること。
それからお茶会の手伝いで日曜もたまに家を空けること。
聞かれるがままに話していると火曜の夕方に来る、と。
泊まると言われてドキッとした。
早速、なのかしら。
その後、いろいろと話をした後外食に誘われたけれど丁重にお断りをした。
受け入れてもらえてほっとする。
手許金を、とお金を頂いた。
ここ数日の清算に使い果たし、お米屋さんや魚屋さんに付けでお願いした分が払える。
喜んでしまったら苦い顔をされた。
いくらあるんだ、と言われ家計簿を見せるとさらにいくばくか渡された。
意外とあっさりとその日は帰られて胸をなでおろす。
そういえばお稽古はいいのかしら、続けて。
特に何も言われなかったのでお教室をいつもどおりにして、三七日。
それから火曜日が来た。
お稽古に来るお弟子さんを送り出して茶室を片付け、夕飯の買い物に出る。
違和感。
車庫に車がある。
あの人が来たんだわ…。
少し迷いはしたものの、好き嫌いを聞く。
献立を考えて決めた。
家へ、と招くが買い物から帰ってからという。
お客様を放って置くのは、と思うものの早く行くように言われて。
気がかりながら買い物を早めに済ませ、家へ戻った。
招じ入れ、お茶を出してから夕飯の支度。
私の分はお精進。
あの人の分は若いのだからきっとお肉が必要。
作り分けてご飯が炊けた。
お仏壇にお供えをする。少し恨み言を言いたくなった。
溜息をひとつついて台所から食卓へ配膳する。
次からは同じものでよいといわれた。
だけど私と同じものを食べさせるわけにも行かない。
あんたも早く食べなさい、といわれて手をつける。
うまいの声に少しほっとした。
そういえば夫から最近そんな言葉を聞かなかったことも思い出された。
一人だけの食事。
砂を噛んでいるような心地がしたものだけど。
こんな人でも誰かが一緒に食事をするということは少し気がまぎれる。
食事の後暫くお話しをして、お風呂を沸かした。
先に入ってもらい、晩酌の支度を整える。
貰い物の、お酒とおつまみ。
着替えは持ってきているから、というので用意はしなかった。
すぐにお風呂から出てきたので驚く。
カラスの行水なのかしら。
続いて入る。
きっとこの後抱かれるのだろうからと念入りに洗った。
嫌でも応でもなのだったらせめて。
お風呂から上がり、浴衣を着て鏡の前に立つ。
体の線が浮いていて気になる。
上っ張りを着て戻った。少し暑い。
お酒の相手を、と求められ少しお相手をする。
暫くしてふと時計を見るとそろそろ寝る時間…。
布団を客間に敷きに立ち、戻るとちょうどご不浄から戻られるところだった。
お連れして、それからどうしたらいいのだろう。
思わず布団の横に座り込んでしまう。
部屋に戻ってよい、と声をかけられた。
今日は許してもらえるようだ。
ほっとして客間を出て、へたり込む。
だけど長居をして気が変わっても困る。
あわてて自室に戻った。

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2

そして土曜日。
今日は前回より少し遅い目についた。
ちょうど買い物から帰る女を追い越して車庫に入れる。
「こんばんは」
「あ、いらっしゃいませ、夕飯、今からですけど」
「居間で待ってるよ。急がなくてもいい」
ほんの少し、前回よりは堅さが取れてはきた。
だが夕飯の後、やはり風呂から上がった後は警戒しているのを感じる。
今日も部屋へ追い返した。
そんな日々が一ヶ月ほど続き、忌明けを迎えた。
女は色喪服から少しトーンを上げた着物を着始める。
それなりに俺が週に二度来る事にも慣れたようだ。
いつものように夕飯を共にする。
暫くくつろいだ後、風呂を立てる、と言うのをとどめた。
鞄から縄を出す。
すっと女の顔色が青くなった。
「なにを…」
「静かに。おとなしくしなさい」
後ろに回り、そっと肩を掴む。
びくりっと身じろいだ。
殊勝にも抵抗せず任せている。
手首を後ろに持って行き縄をかける。
「あぁ…」
諦念の溜息か声が出る。
胸に縄を掛けて行く。
うん、いいね、いい表情をする。
足首に、ふくらはぎに。太ももに縄を掛ける。
十分に楽しんで、解いて行く。
少し解いては違うところを縛る。
いつ終わるとも知れない、そんな思いを抱くだろう。
まだ吊りはしない。
暴れられると危険なのもある。
ほつり、と涙をこぼした。
美しい。
そろそろ疲れを覚えたので縄を解いた。
ゆっくり解き、腕をさすってやる。
痺れはないか動かなくなったりしてないかを確認してから客間に布団を敷きに立った。
着替えられそうにないようなので肌着に剥いて布団に放り込む。
少し抵抗していた。
俺は火の始末や戸締りを確認して女の横に横たわる。
なし崩しのsexかと警戒しているが俺はもう疲れている。
そのまま寝てしまった。

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1

「おう、久しぶりだなぁ」
街で柳本に出会った。
コイツは昔のなじみでヤミ金をしている。
「どうしてんだ? 最近。儲かってんのか?」
「それがなぁ、過払いとかなんだとかうるさくてよぉ」
「ああ、よくCMしてるな」
「そうだ、兄ィ。いい話があるんだ」
事務所に来てくれ、と言われ着いて行った。
「咲田ちゃんじゃないの、久しぶりだネ」
「おやっさん。ご無沙汰してます」
「へへ、この間の新野のレコの件、兄ィにと思いやして、どうでしょう」
「いいんじゃないの~、咲田ちゃん好きそうだものネ、ああいう子」
実は、とおやっさんから説明を受ける。
どうやら女遊びで金を借りた男が先日死んだらしい。
利息が膨れ上がり1200万。
家屋敷を売り払っても古屋敷に土地代では足りるわけもなく。
嫁を風呂に沈めたところで歳が歳、そう稼げないという事のようだ。
俺が女込みで買うなら800万で手を打つと。
「どんな女だい?」
「今から行きやしょうぜ」
柳本の舎弟が誘いをかける。
「行っといでよ、きっと咲田ちゃん好きになるヨ」
おやっさんに押し出されるように車に乗り込む。
女の家に行くまでに説明を求めると舎弟がべらべら話し出した。
「歳は41、年増っすね。家で若い女相手になんか教えてるらしいっす」
「センセイ様か」
「あんなに若い女がいるのに風俗に使っちゃうんだからバカっすよねー」
「そりゃあおめえ、好みってもんがあるだろうよ」
下卑た笑いに包まれる。
家に着くと和風建築。確かに古い。
柳本が訪いを告げて上がりこむ。
疲れた顔をしているが女は美人だった。
色喪服と思われる行儀小紋が静かで良い。
「まだ用意できてないんですの…。お願いしますから風俗だけは…」
「そいつはこの人次第だ」
女はハッとこちらを見上げる。
「それはどういう…?」
「この人がなぁ、あんたを気に入ればあんたごと買って下さるとよ。良かったなぁ」
「そ、そんな!」
「良いじゃねぇか風俗で知らねえ男のちんぽ何百と舐めたり入れたりしなくていいんだぜ」
「うっ…」
がっくりとした様子で可哀想になるが美しい。
「おい、自己紹介しねぇか」
「…新野良介の妻、静江と申します」
そこで止まってしまったので聞いてやることにした。
「何か先生をしているそうだが?」
「あ、はい、お茶とお花を教えております」
「そうか。手伝いは居るのか? 一人でやってるのか?」
「いえ、一人で…」
じっくりと観察する。挙措動作。品は良い。
しばらく眺めてから脱ぐように言った。
「えっ、そんな、出来ません」
「出来ませんじゃねえだろ、買ってもらうんだ、どうせ見られるんだぜ」
「お前ら後ろ向いてろ。俺の女にするんだ、お前らが見て良いと思うか?」
「おっとそりゃあ悪かった、おい!」
「へい」
女に隣の部屋へ行くよう促し、ふすまを閉める。
覚悟は決まらないようで解く手が止まるのを宥めたりすかしたりで脱がせた。
歳の割りにたるんでいない。
普段から着物なのか寸胴気味で胸はたれているがなかなか悪くない。
「気に入った。着ても良いぞ」
そう言って隣室に戻り柳本と買う話を本決めにした。
「おやっさんに口座番号を聞いてくれ」
その場で携帯から振込みを行う。
すぐに入金の確認をしてくれてこれで契約成立だ。
「へへ、やっぱり兄ィに言ってよかった」
「回収できねぇからどうしようかって思ってやしたよ」
「俺は女ともうチョイ話をしていくからお前ら先に帰って良いぜ」
「兄ィもうヤッちまうのは早くねぇか?」
「まだヤんねぇよ、話だ話し」
追い返して少しすると着替え終わったようで戻ってきた。
お茶と茶菓子を持って。
「あの、お茶を…どうぞ」
ちょうど喉が渇いていたので頂く。
少しぬるめ。うまい。
「私、これからどうしたらいいんでしょうか…」
「これまではどういう生活をしていた?」
「え?」
「毎日いつ起きて、何をしていたか言って見なさい」
4時半に起きて庭と玄関の手入れ、茶室の支度を整え弁当を作り朝飯を食わせ送り出し。
朝稽古、昼稽古、夕飯の支度、食事、風呂、団欒、就寝と日々の生活を聞き出した。
「そうか、だったら…」
カレンダーを確かめる。よし、火曜だ。
「火曜の夕方。とりあえず私の分の夕飯も作ってくれ」
「あ、はい」
「泊まるから」
「……はい」
「っと。法事は? その日は来ないから言いなさい」
手帳を小引出から取り、紙に書き写して渡してくれた。
「あの、一応この日です」
ふむ、きちんと七七日するようだ。
「なぁ、あんたなんで相続放棄しなかったんだ?」
「夫の車を処分してしまったものですから…知らなくて。こんなことになってるなんて…」
「あー、車ね、結構高く売れたの?」
「お葬式と、夫が友人にしていた借金を返しましたのでもうないんですの」
「ほか、もう借金はない?」
「舅と義兄に少し」
「それは返さんで良い。あんたの旦那が借りたもんだ。何か言ってきたら相手してやろう」
「はい…」
いくつか質問をし、おおよそのことは掴んだ。
ふと気づけば日が落ちている。
「ああ、もうこんな時間か。良ければ何か食いに行こうじゃないか」
「あ、でも…」
「ん? 精進か? このあたりどこか精進を食わせる店はあるのか?」
「いくつかありますけど…」
「電話してくれ。二人」
「その、夫がこうなってすぐに男の方と二人でというのは」
「外聞に差し障るか」
はい、と恐る恐る言う。
「ならまぁ俺は今日のところは帰ろう。ああ、それと」
財布から10万を出し手渡す。
「取り敢えず手持ちがないと不安だろう」
ほっとした顔で米屋のつけが、と言っている。
「おい、米屋とか魚屋とかにあるのかい、つけが」
「あっ…ええ、あの。先に借金を返したものですから」
「うーむ、ツケはいくらたまっているんだ」
家計簿を持ってきた。ちゃんと書いてるなんて良い奥さんじゃないか。
調べてみるとそんなには溜めていない。
計算して先程とは別に渡してやった。
「これで明日にでも清算してきなさい」
「はい、すみません」
「じゃあちゃんと飯を食って。身を大事にするように」
そういって立ち去った。

数日後、火曜日。
夕方、訪れると若い女の声が賑やかだ。
車庫に停めて様子を伺う。
少しやつれてはいるものの、きりっと優しげな先生をしている。
しばらくすると女どもを見送った静江が鍵をかけて買い物に出た。
こちらに気づく。
顔色が少し変わったが近寄ってきた。
「あの、これから買い物に行きますけれども何かお嫌いなものは」
いくつか答えてやると献立を決めたようだ。
「家でお待ちいただけますか」
「いや、無人の家に上がるのはまだ良くない。ここに居るから帰ってきたら呼びなさい」
ちょっと困った顔をしているが買い物に行かせた。
携帯をいじっているうちに30分ほどが経ち、女が帰ってきた。
車から降りて中へ入るとお茶を出してくれた。
俺が来るから、と言うわけでもなく片付いていて質素でもなく、普通の家庭と言う居間だ。
台所からは炊事の音。
何か懐かしい。
ふと台所を覗くと着物の上に割烹着。
すすけてない白が目に鮮やかだ。
良い買い物をした、そんな気にさせてくれる。
気づかれる前に居間へ戻る。
新聞が置いてあるのを読んだ。
米の炊けるいい匂いがして、仏間から線香の匂いがする。
あぁそうか、仏壇が先だ。
「遅くなりまして」
と女が飯とおかずを運んできた。
食卓に乗ったものを見ると肉がある。
「精進じゃないのか?」
「えぇ、私は精進ですけど…」
見ればおかずは別にしてある。
「手間だったろう。次からは同じもので良いよ」
「あ、はい」
頂きます、と食べ始めても手をつけようとしない。
食べるように促した。
「ん、うまい」
ほっとした顔をしている。
いちいち顔色を見るところがあるが、それはまぁ仕方ないか。
食後、しばらくして風呂を立てたというので入り、くつろいで女が入るのを見送る。
女の長風呂、とは言うが長い。
酒を用意してくれてあったのでちびりちびりと飲む。
ほんのりと桜色に染まった女が出てきた。
色っぽい。
すぐにでも抱きたくなるが思いとどまる。まだ早い。
暑かろうに上っ張りを浴衣の上から重ねており、警戒しているようだ。
手招いて酒を飲ませる。
汗が引いた頃、布団を敷いてきますと女が立った。
トイレから戻ってくると戸締りと火の始末ももうしたので、と言う。
連れられて客間へ入った。
女は布団の横で座って堅くなっている。
「今日はあんたも疲れただろう。部屋へ帰って寝なさい」
「は、はいっ」
そそくさと挨拶をして女は出て行った。

翌朝、味噌汁の匂いに起こされる。
すずめの声。
他人の家だが良く寝れた。
起き出して洗面を使い身なりを整えて台所へ顔を出す。
「おはよう」
「おはようございます」
朝飯も素朴ではあるが質素ではなく、うまいものだった。
それから女は布団を片付け、洗濯物を干し、家事を片付けて行く。
よく働くいい奥さんだ。
こんな女を置いて風俗通いとは。
けしからん。
昼前に茶室へ行き、自分の稽古の準備をしている。
これは事前に聞いてある。
軽い昼飯の後、一人で稽古をしはじめた。
興味もあるので見学をと申し出ると、少し緊張するようだ。
が、集中力はすごく、やはり人に教えるだけのことはあると思わせる。
夕方まで続き、俺は足が辛いので崩したが女はしびれてないと言う。
女曰く慣れだそうだ。
茶室を片付けた後、買い物へ行くという。
今日のところは俺も帰るとしよう。
「次はそうだな、土曜に来る」
「あ、はい」
「飯はあんたと同じでもいい」
「はい」
「それから追々で良いから慣れろ」
「…はい」
肩をぽんと叩いて別れた。

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梅雨に入っていつもならシトシトと鬱陶しい天気のはずなのだが。
今年は暑かったりゲリラ豪雨だったり寒かったりで先生が外出を嫌がる。
たまにはデートしたいんだけどな。
天候不安定だと疲れちまうんだろう。そう納得させて日をすごす。
何か先生は屈託のある様子で心が晴れない。
言いたいことがあるなら言ってくれれば良いんだが。

そんな微妙な雰囲気に焦れたのか八重子先生が長野へ行くようにとおっしゃった。
なにやら新設の美術館ができたらしい。
しかしながら会社は休めない。
となると一泊ということになる。少し渋ってたら先生が機嫌を悪くした。
「ですけど先生が大変でしょう? 4時間くらい電車ですよ、帰りは」
「久さんのうちに泊まって次の日帰るわよ」
「なに言ってるんですか、お稽古どうするんですよ」
「う…」
「いいよ、朝くらい。もう出来るよ」
「お母さん、良いの?」
「なんだったら律に手伝わせるよ、行っといで」
本当に甘いんだから。病み上がりなのに。
と、苦笑いしていると先生に足をつねられた。
「嬉しくないの? 嫌なの?」
「嫌じゃありませんよ」
「もうっ」
あ、席立って行っちゃった。
参ったな。
「取り合えずまぁ来週の火曜にでも、と思いますが」
最近火曜は人が少ないのでお稽古日ではない。
「そうだね、それでいいよ」
「その美術館どういうところなんですか?」
「よく知らないんだけどね…」
と話してくれた。
なんでも以前から上村松園やルノワールなどの絵画がメインの美術館の分館らしい。
そして今回開館に当たって屏風展をしているとか。
屏風かぁ…。
2時間半もかけてみるべきものが屏風。
「あ。戸隠ですよね、ここ。戸隠神社近いんじゃないですか?」
「どうだったかねえ」
さっと地図を調べる。近い。行き道だ。善光寺もあるが。
「先生ー! ちょっと来てください」
暫くしてどうしたの、と戻ってきた。
「善光寺も行きません?」
「近いの?」
「長野駅からすぐだということに気づきました。当日中にいけます」
「それだったら」
「美術館は戸隠なんで、戸隠神社も行きましょう。宿は長野駅近くで取りましょうか」
「近くにないの?」
「ほとんど宿坊なんですよね」
「だったらええ、それでいいわ」
調べる調べる。
あ。JR系列ホテルあるじゃないか。
平日だから予約は簡単に取れた。
「当日に宿に荷物を置いたら善光寺に行きます。で、翌日戸隠行きましょう」
「そうね」
決まった決まった。
先生がうきうきしている。
八重子先生も微笑んでいる。
後は俺の段取り次第だな。如何に仕事を早く終えるか。
ん? 焦げ臭い。
「先生、魚焼いてます?」
「あっいけないっ!」
あわてて台所へ。追いかけるとセーフの合図。
良かった良かった。
「あ、小芋洗ってくれる?」
「はいはい」
料理の支度を手伝ってるうちに律君も帰ってきた。
「ただいまー。あーおなかすいた」
「もうちょっとでできるわよ。そうそう。お母さん、来週火曜から木曜まで旅行だから」
「どこ行くの」
「長野よ。だからあんたおばあちゃんの事頼むわよ」
「うん、わかったよ」
夕飯を食べて風呂に入り、先生と旅行の話をつめる。
「山沢さんと行くんだ?」
「そう、善光寺と戸隠神社と、美術館。冬ならスキーなんだけどね」
「滑れないくせに」
ほほほ、と笑っている。
「雨降らないと良いな」
「そうねえ、週間天気予報はどうなの?」
「一応予定はないようだけど…雨具はもって行きましょう」
「山は天気が代わりやすいって言うものねぇ」
「レンタカーで移動ですし多目に積んでも問題ないですから」
なに着て行こう、と楽しそうにしている先生を律君は微妙な顔して見ている。
ちょっと位は気づいているのかもしれないな。
ふぁぁ、とあくびが出た。
「もう眠いの? 寝る?」
「そうですね、先布団入ってきていいですか」
「私もそれじゃ寝ようかしら」
「んじゃあ律君、悪いけど火の始末と戸締り頼むよ」
「はーい、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
先生の寝る支度を尻目に布団を敷き、もぐりこむ。
うー、眠い。
すぐに先生も俺の懐へ。
夜はまだひんやりしているから丁度良い。
もう少ししたらきっと暑くて蹴っ飛ばされるな。
去年はそうだった。
「おやすみなさい」
先生が俺の髪をなぶっている。
「おやすみ」
すぐに寝入ってしまった。

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