翌日。
仕事の後、先生のお宅で稽古が終わるまで家事をしていると斐さんが来た。
「おじゃまするわよ、あら、お稽古中?」
「こんにちは、どうされたんですか?」
「あぁ山沢さん。お母さんのことでね、一時退院」
「うーん、今日は私じゃお稽古変われないんで…お待ちいただけますか」
「夕飯は作ってきたから大丈夫よ」
「なんなら一緒に食べて行かれます?」
「あら、いいの?」
「先生も大勢がいいってよく言ってらっしゃいますし」
「じゃ遠慮なく」
「とりあえずお茶かコーヒーかどっちがいいですか?」
「コーヒーいただこうかしら」
「渋目かあっさり目かどちらがお好きでしたっけ」
「あっさりがいいかしらね」
「はーい」
戻ると斐さんがご自宅に電話されている。
軽いお菓子とコーヒーをお出しして、それから食事の支度を開始した。
しばらくして斐さんが覗きに来る。
「何作ってるの、手伝うわ」
「豚と水菜の炊いたのですよ。手伝ってくださるならちょっと鍋見ててください」
冷凍庫から味噌漬けを出す。
困ったときのストックだ。
それと万願寺を買ってあったのをじゃこと炊くことにした。
メインはそれで良いだろう。
先生もあまり好きじゃなかった銘柄の酒を沢山入れる。
「そんないいお酒、お料理に使うの?」
「いや私も先生もこの酒好きじゃないので…料理に使う方が良いじゃないですか」
「でもいっぱい入れるのねえ」
「あ、下がっててください、燃やしますから」
「えっ、きゃっ」
さっと青い火が上がり、すぐに赤い火になった。
日本酒はそこまでアルコールが高くない。
「乱暴ねえ、沸騰させるだけでいいのに」
「あれ、そうなんですか? 昔からずっと火を入れてました」
「危ないじゃない」
「まぁそうですけど」
苦笑しつつ料理を続ける。
「意外と手際いいわねえ」
「はは、八重子先生に仕込まれました」
もともと自炊できないわけでもなかったし。
そろそろ支度が終わりそうになったころ、玄関の音。
生徒さんが帰られたようだ。
ご飯が炊けて、食卓を拭いて用意をしていると先生が戻ってきた。
「あら、姉さん。いつの間に来たの」
「もうちょっと前よ、お稽古の邪魔になるから待ってたの」
食卓に配膳する。
「あ、おいしそう」
「山沢さんって結構上手ねえ」
「そうでしょ、おいしいのよ。助かってるわ」
「まぁとにかく食べましょうか、おなかすいてるでしょう?」
「わかっちゃう?」
「わかっちゃいました。どうぞ」
「いただきます」
食事を始めてから先生が斐さんに何で来たのか聞き始めた。
「あぁそうそう、お母さんね、外泊でGWの間どうかしらって先生がおっしゃってるの」
「良いですね、丁度練習になる」
「そうする?」
そうしよう、ということで食事が終わった後、斐さんが帰って行った。
「ごめんなさいね、GW遊ぶって言ってたのに」
「いやぁそんなことより戻ってきてもらうほうが良いでしょう、俺とはいつでも遊べる」
「うん、そうね。じゃあ明日、お母さんのところ行くわね」
「はい」
お風呂に入る前に今日は抱くことにして、先生は翌朝風呂に入られた。
「んー、気持ち良いわ」
「今日も暑くなりそうですね」
「じゃ早めに行こうかしら」
「そうしましょう、用意してきますね」
先生の身支度が整ってから八重子先生の下へ。
3日間の外泊、という形で帰宅してもらうことになった。
GWに入る前の夜。
律君が八重子先生を連れ帰ってきた。
普段通りの生活ができるか、試しにということだ。
それだからいつもの部屋に玄関から歩いて上がることになった。
少し大変そうではあるが危なげ、というほどでもない。
ゆっくりと杖を使って歩き、部屋に入られた。
「やっぱり落ち着くねえ」
「でしょうね、あ、今日は俺、隣の部屋で寝ますから」
「そうしてくれるかい?」
「もちろんです、たぶん大丈夫でしょうけど。見た感じ」
「そりゃあリハビリ頑張ったもの」
「長かったですよねえ」
「嫌になったこともあったけどお手水も自由にいけないのはごめんだからねぇ」
「男の人はそうじゃないらしいですけどね」
とりあえずはいったん居間に戻っていつもの場所へ。
やっぱり収まりが良い。
先生が水屋の片づけから戻ってきた。
「どう? 大丈夫そう?」
心配そうに覗き込んでいる。
「まぁなんとかなるだろ」
「とりあえず、ご飯にしましょうか」
夕飯を食べてゆっくりして。
「そろそろお風呂、どうする?」
「明日のお昼に入るよ」
じゃあと律君と先生が入った。
「あんたは?」
「俺は明日、八重子先生と入ります」
「そうしてくれるの?」
当然だろう。
退院後初めて一人で風呂に入るときは怖いもんだ。
いつものように火の元と施錠を確かめて、八重子先生の隣の部屋に布団を敷く。
先生は八重子先生の部屋に布団を敷いたり寝かせたりしているようだ。
寝る前にトイレに行こうと思うとちょうど先生も出てきたところだった。
「あ、お布団敷いた? じゃ寝ましょ」
俺の部屋に向かおうとするから止めて先生は自分の部屋で寝るよう伝える。
「どうして?」
「俺、横の部屋で寝てますから。ほら、なんとなく心細かったりしません?」
「あら、そうね。じゃそうしてくれる?」
「はいはい、じゃおやすみなさい」
「おやすみなさい」
っと寝る前のキスはしておきたい。
腕をつかんで振り向かせてキスをして、ちょっと胸を揉んだ。
「こら」
こつん、と額を叩かれて笑って離してあげて別れた。
翌朝。
早くに目が覚め、一つのびをして八重子先生の部屋を伺う。
もう起きてらして着替えておられた。
「朝ご飯、作ろうかねえ」
「俺、作りますからいいですよ」
「じゃ見てるだけ」
先生も起き出してきて台所はいっぱいいっぱいだ。
「暑い…」
「二人とも居間に行っててくださいよ、暑い」
狭い台所に三人はさすがにきつい。
先生たちが居間に行って多少気分的にも涼しくなった。
朝飯をとった後、八重子先生がお稽古を、という。
電熱で、ということで用意して先生に俺のお稽古をつけてもらった。
八重子先生が入院してからあまり稽古ができてなかったからずいぶんと直される事に。
少しへこみはしたものの、仕方がない。
それに退院されたら多少先生にも余裕が出て、もっとお稽古つけてくださるはずだ。
何度もお稽古をつけてもらううちにおなかがすいてきた。
八重子先生が気づいたらいなくて台所からおいしそうなにおいがする。
「久さん、よそ見しない」
「はい、すいません」
「まぁでもお昼過ぎちゃったわね…」
気を取り直して点前を終えた。
八重子先生がお昼を食べなさいと呼びに来てお昼ご飯をいただく。
「あぁおいしいわぁ、久しぶりね、お母さんのご飯」
「うん、うまいですよねえ」
「久しぶりに台所に立ったけどやっぱり疲れるね」
「じゃ食べたら寝てください」
「そうさせてもらうよ」
食後、先生が八重子先生を寝かせに行って俺が茶室の片付けをした。
居間へ戻って買い物に行くことを告げる。
「んー、アイス買ってきてくれる?」
「辻利? バニラ?」
「バニラが良いわ」
「了解、行ってきます」
夕飯の献立に従い買い物をして、最後に近所のコンビニでアイスを買って戻った。
「ただいま」
「おかえり、アイスは?」
どうぞ、と渡して台所へ。
ゆったりと休みの開放感を楽しんだ後夕飯を作って八重子先生を呼んでもらい。食事。
それからお風呂。
八重子先生と入った。
できるだけ手は貸さず、見守る。
浴槽へは試行錯誤。
事故もなく風呂から出て居間でくつろぐ。
先生のあくびを契機に寝ることにした。