「それはそうだけど…」
それはそう、なのだなぁやっぱり。
のっそりと起きると、先生が困った顔をしている。
「ラウンジ、行ってきます」
煙草一式持って出ることにした。時間潰さないと二人きりは無理だ。
「あ、はい…」
先生を置いて部屋を出る。
ペッタペッタと草履を鳴らしてラウンジに行く、先客がいるようだ。
何かコニャックかアルマニャックを、と頼むとレミーマルタンが出てきた。
定番だな。ストレートでいただく。飲み過ぎないように気をつけないと。
一口、二口、うまいなあ…。足音。
「山沢さん…」
うわっ、なんで?どうして追いかけてくるんだ…。
スタッフが来て飲み物は、と聞かれた。
「同じものを…」
先生も飲むのね、洋酒。まあレミーマルタンなら飲めるよね。
でもストレートで飲めるのかな、あ、むせた。
私のグラスに移して、スタッフに水割りをひとつ頼む。
「無茶をしないでください」
それきりしばらく会話もなく飲んでいる。煙草を取り出す。
「吸ってよろしいですか?」
「ええ」
煙管に葉を丸め入れ、ライターで着火する。
一服、二服、三服、灰皿に灰を落とす。
先生がこちらを見ている。
「吸われますか?」
「ううん、私、吸わないから」
くいっとグラスに残った酒を飲む。煙草とブランデーの混ざった味。
おかわりを頼もうか、どうしようかと思っていると、
「お部屋、戻りましょ?」
と先生が言う。
「はい」
さらっとサインしてラウンジを二人で後にした。
部屋に戻り、なぜ追いかけてきたか聞いた。
ミニバーからマーテルVSOPのミニボトルを取りグラスを出す。
私が落ち込んでいるように見えたから、追いかけてきたという。
「でもどうしたらいいかわからなくて…」
う~ん。
「私とする気がないのでしたらとっとと寝たら良いんじゃないですか。近寄らずに」
ちょっとムッとされたようだ。手首を掴み、引き寄せ、
「それとも、私としてくれますか」
飲みながらそういってみると平手が飛んできた。
唇が切れたようだ。
手を放して、部屋を出る。
ぐだぐだだな、私。
そのまま、人の来ないエリアに移動する。
さすがに追いかけては来ないだろう。
ふと外を見ると雷雨、今の気分には合うが…。土砂は片付いてくれるのだろうか。
明日にはここを出たいものだ。もう無理だ。
瓶を持ってきたままだ。呷る。しみた。唇切れてたんだった。
馬鹿らしくて笑っちまう。
飲みつつぼんやり眺めているうちに深夜1時、そろそろ寝てるか。
部屋へ戻ろう。夏だから和室で転がっても風邪は引くまい。
そっと静かに入り、様子を伺う。寝息。よし。
座布団を枕に転がった。すぐ眠りに落ちた。
翌朝起きると先生がいない。
大浴場に行ったようだ。
私に羽織をかけてあった。あんなことがあっても気遣いの人だな。
取敢えずは道路状況の確認をするか。
…確認したところ電車は復活したようだ。チケットを予約する。
先生が戻られた。
伏し目のまま無言だ。怒ってるか、仕方ない。
挨拶をして洋服を持ち大浴場に向かう。
先客がちらりとこちらを見る。
どうでもいい。
しばらくして風呂から上がり、洋服に着替えてフロントへ行く。
駅までのタクシーの手配を頼む。
11時半の予約なので10時半に呼んでもらう。意外と混むからな、あの道。
支払いもお願いし、待っているともう食事の時間らしい。
先生が来たが私とは目も合わされず食事の場所に案内してもらっている。
後姿を見送り、支払いを済ませる。
そして案内されて先生の向かいへ座り、食事を取る。
終わりがけ。
「10時半になったらここを出ますから10時までに着替えを済ませてください。
その頃に戻ります」
そういうとほっとした顔をされた。
食後、部屋に戻る道から私は逸れてヒーリングルームへ。
一時間くらいすぐ過ぎるだろう。
秋の気配の庭を眺めつつ寂寞とした思いにとらわれる。
もはや10時か。
部屋に戻る。あえて音を立てて入室する。
先生はすでに着物に着替えられ、化粧も整えられている。
私はそれをまぶしげに見て、目をそらす。
さっと私は荷物を片し、金庫から財布を出して手渡した。
これで良し、見渡して忘れ物がないか確認する。
ミニバーも私が持って出たマーテルしか減ってない。これは支払い済み。
先生はずっと無言だが、「出ますよ」と声をかけると、「ええ」とのみ返ってきた。
フロントにつくと車がすでに来ていた。
先生を後部へ、私は助手席へ。
駅に着き発券してもらい、乗車。
先生に窓側と通路側どちらでもというと窓側に座られた。
乗車中、私は財布から万札とタクシーチケットを出し、
切符・指定席券とともに先生にお渡しする。
えっという顔をされた。
立ち上がり、さようなら、といって私は降車する。
先生は追いかけることもならず、発車した窓から私を見ておられた。
私は乗り換えて一路京都へ。
京都タワーを見ると帰ってきた、と思う。
バスに乗り、自宅へ戻る。
狭く、本だらけの自室は出たときそのままだ。
さあ机を片して手紙を書こう。