朝、出勤するのが嫌になる寒さで中に一枚増量して出社。
仕事を終える頃にはすっかり芯まで冷えて先生のお宅へつくと風呂に入れられた。
ざっと温まってすぐに支度をして稽古に間に合わせる。
くすっと先生が笑って俺の髪を撫でてきた。
「ちゃんと乾かさなきゃダメよ」
「あ、はい。部屋、乾燥してるから乾くかなと思いまして」
くしゃっと混ぜっ返されて。
生徒さんがいらしてお稽古が始まる。
夕方までお稽古をして飯を食って帰宅する。
流石に今日はタイマーを掛けておいたからそれなりに部屋が暖まっている。
体と布団を温めてから就寝した。
翌日寒くて忙しくて仕事が終わってすぐ風呂に入って寝てしまった。
その間に先生から電話が数回あったようだ。
夕方、腹が減って目が覚めて気づいてすぐ詫びた。
怒られるかと思ったが逆に心配されてしまい、申し訳なく思う。
まださすがに年末に掛かってきているとは言え心配をかけるほどではない。
用件を聞くとカニがほしいということだった。2匹。おいしいの。
簡単な御用ではあるものの急な寒気で荷物が薄い。
電話を切ってすぐ確保に動いた。
客からの注文分に上乗せして何とかいけそうだ。
ほっとしたら腹が減ったのを思い出して近くの飯屋に行った。
他人丼がうまい。
明日も忙しいのかそれとも物がなさ過ぎて暇なのだろうか。
ふと、そういえばクリスマスに何かプレゼントを買わねばと思い出した。
その足でデパートに行くが…ピンと来ず帰宅した。
何が良いんだろうか。
帯留。いやお稽古ではつけない。
帯締めと帯揚げか。
それともバッグか帯か。
明後日連れ出して自分で選んでもらおうかなぁ。
少し思い悩みつつ就寝し、翌朝仕事をこなしてお稽古へ行く。
家で風呂を浴びてからなので車て来たとは言え少し冷えてしまった。
風呂は沸いてないので火の傍に寄せてもらいそれから支度をする。
まだ12月も一週目と言うこともあり時間には余裕がある。
再来週はきっとそんな余裕はなく、来たらすぐ稽古に入らねばならないだろう。
炉になってからと言うもの、皆さんぎこちない。
風炉の癖でつい正面に座ろうとしたり。
炉になってすぐ逆勝手を指定された生徒さんは大変だった。
うん、俺も大変だったけど。
「週3回じゃ足りないのかしらねぇ」
「いや、その、むしろ雑念が多すぎるというか…」
「山沢さんは仕事してるからね、お稽古のことばかり考えていられないよ」
「そうかしら」
先生方がカニと格闘しているのを見つつ肉を食う。
っと孝弘さんが殻まで食いそうだ。
慌てて先生が奪って剥いてあげてる。
ほのぼのとした光景だ。
「あ。そうだ。先生明日はお暇ですか。暇なら呉服屋行きたいんですが」
「ん? 明日? ちょっと待ってね」
手を拭いてカレンダーと手帳を見ている。
「何もないわよ~」
「じゃすいませんが一緒に来てください」
「はいはい、おかわりは?」
「いや、もう二杯目ですから」
食事を終え後片付けをしてコーヒーを持って先生の横へ戻った。
「ねぇ、何か欲しいものあるの?」
「んっ? 何かとは?」
「明日呉服屋さん行くんでしょ」
「あぁ。コートとか防寒具、買い換えたいのでその見立てをですね。お願いします」
「今着てるの、嫌いなの?」
「嫌いじゃないんですが不具合がありまして」
「そんな風に見えないわよ」
「えーと。寒いから行くのいやでした?」
「えっ あ、違うわよ、ごめんね」
「いや、行きたくないなら良いんです」
「拗ねないで頂戴よ…」
八重子先生が苦笑してる。
「あんた行くならついでに足袋買ってきとくれ、ほら、フリースの」
「あれ暖かそうよね、2足?」
「フリース足袋って滑りませんか?」
「そのままだと滑るかも…滑り止めついてるのかしら」
「何言ってんの、中がフリースで外がストレッチ足袋ってのがあるんだよ」
「え、なんですかそれ。欲しいです」
「そんなのあるのねぇ」
「別珍より温かいらしいからね」
明日売ってたら絶対買おう。
先生が買物メモを書いている。
腰紐とか肌着とか。古くなったのを買い換えたいようだ。
「折角行ったのに忘れたらいやでしょ?」
それから暫くして先生方が風呂に入って出てくる。
「ふー…。あんたも温まってきたら?」
「あ、そうさせてもらいます」
「お風呂は明日洗うからそのままで良いわよー」
タオルを持って風呂に入り温まる。
ま、ついでだからと掃除もして風呂から上がった。
居間に戻ると八重子先生は先に寝たそうで先生は半襟をつけている。
「お裁縫をしている姿とか好きだな」
「なぁに? こんなのがいいの?」
「これを仕事にしてて年がら年中なら飽きるかもしれないけど」
「それはそうねえ、四六時中縫い物してるの見てもねぇ」
ほほほ、と笑いつつさっさとつけ終わり、待針や針を数えて。
「あ…あなたのも持っていらっしゃい、つけてあげるわよ」
「良いんですか、助かります」
「そのかわり後で肩揉みお願いね」
「承りました」
部屋から取ってきてつけてもらう。
手早い。
「はい、出来たわよー」
「やぁほんと手ぇ早いですよね」
「慣れたらそうなるわよ」
「んじゃ揉みましょう」
「あ、部屋でお願い。腰も揉んで欲しいのよ」
「はいはい、片付けて部屋行きましょう」
戸締り火の用心、確かめて寝間に入る。
布団を敷くと先生が身づくろいを済ませてうつ伏せに寝た。
「お願~い」
「うん」
まずは全体を撫でて凝ってる所のピックアップ。
それから少しずつ揉んで緩めていく。
「んー…気持ち良いわぁ」
声が出てしまうようだ。
「あぁ…そこ、もうちょっと…」
パタパタと足音が聞こえる。
手で先生の口を覆った。
「むぐ…?」
「…多分律君。待ってて」
身を起こして障子を開けた
「どうしたのかな? 寒いから早く寝なさい」
「あの、これ。忘れてて」
ん? なんとなく納入書と見える。
中に入れて電気をつけた。
「どうしたのよ」
「講習会の納入書のようですが…今日が期限…」
「ええっ、どうしよう」
「コンビニ納付だから、えーと。まだ時間大丈夫だね。行ってきなさい」
「いくらなの?」
金額を見て慌てて財布を見ている。
「えっとおばあちゃん起こしてきて。お金持ってないか聞いて頂戴」
「あ、まった。起こさなくても俺持ってますから」
財布から出して渡す。
「すいません…」
「先に私たち寝てるから、領収書は明日渡すと良いよ。気をつけて行ってらっしゃい」
「はい」
「気をつけなさいよ」
「うん、ごめん」
障子を閉めてもう一度うつ伏せになるよう言った。
「明日返すわね、ありがとう」
「抱いてる時じゃなくてよかった…」
「…ほんとよね」
「いや、うん。プレイとしてはありなんですけどね」
「やめて頂戴よ」
「わかってますって」
家庭争議は求めてない。面倒くさい。
もう少しほぐして体を緩めて。
「もう良いわ、ありがと。気持ちよかったわ」
俺も横にもぐりこんで布団を被る。
ぴったりと背をくっつけてきた。
ぬくい。良い匂い。
そっと胸に手を差し込みやわらかさを楽しむ。
そのまま眠ってしまったようだ。
朝になって目が覚めた先生にすると思ってたのに、と言われた。
したかったんだけどね。
お昼を食べた後連れ出した。
大手の呉服屋さんへ行き、先ずは足袋と先生の小物を揃え俺のコートを見繕ってもらう。
少し派手かな、とも思ったが先生が似合うといってくれたものにした。
それから帯留めを見せてもらう。
「どれが好き?」
「そうねえ、あらこれいいわね。でも高いわ」
ためつすがめつして見ている。
「それがいい? すいません、包んでもらえますか」
「えっ、いいの?」
「早いけどクリスマスプレゼントですよ」
「あら…ありがとう。嬉しいわ」
お、店の人が会話に反応してクリスマス柄の包装紙にしてくれた。
気が効いてるなぁ。
それからデパートへ行きたいというので連れて行き、色々見て回る。
台所用品など買い換えたかったようだ。
後は孝弘さんの服など買って。
飯を食いに行ってからヒルズのイルミネーションを。
歩くほうが良いかと聞けば車の中からが良いと仰るので通り抜け。
「きれーい…」
「ですねえ」
「あ、今ハートマークあったわよ」
「やっぱりカップルで来る人多いんでしょうね」
先生の不満は助手席に座れないことらしい。
車だとやはり一瞬でもう一見行くことにした。
表参道へ。
「どっちも負けず劣らず良いわぁ」
先生が少女のような顔をしている。可愛いなぁ。
「ねぇ。今日泊まって良いかしら」
「明日お稽古でしょう」
「だってしてほしいもの…」
急ブレーキ掛けそうになった。
「火曜日にしませんか」
「この間も、だったじゃない」
そういえば軽くしかしてなかったっけ。
「良いんですか。うちだと腰抜けるほどしますよ?」
「……そこまではして欲しくないわね」
「火曜にあちらの部屋に行きましょう。それでよくないですか」
「いやなの?」
「お稽古サボらせるのがとってもいやです」
先生が鞄から携帯を出して家に掛けてお稽古を押し付けてる。
電話を切って、お母さんの許可は取ったわよ。と強く言う。
そこまでされちゃ仕方ない。
連れて帰った。