翌朝、7時頃、先生が起きた。
やっぱり寝過ごしたようだ。慌てて支度して出て行った。
私は八重子先生に説教を食らいつつ昼食の支度を手伝う。
「お昼食べたらお風呂入んなさいよ。律が帰ってくるまでに」
「あ、はい、ありがとうございます」
てきぱきと支度を手伝って孝弘さんにお昼を食べていただく。
食後、片付けも手伝ってお風呂をいただいた。
うーん、気持ちいい。
風呂をついでに洗って、さて上がるか。
「うわっ!」
「やぁ律君。お帰りなさい」
「すいません、見ちゃいました」
ん?ああ。裸だった。
「律、あんたなにやってるんだい」
「おばあちゃん、山沢さん入ってるなら入ってるって言って!」
「なんだまだ入ってたのかい?やだねえ、もう出てると思ってたよ」
「あー、ついでに風呂洗ってたんで」
ひょいと浴衣をまとって廊下に出る。
「はい、律君、交代ね」
そそくさと入っていくのを見て八重子先生が苦笑する。
八重子先生の部屋に戻って聞かれた。
「ところでその胸の。絹?」
「ですね」
「痛そうだけど…大丈夫かい?」
「今はそんなに痛くないから大丈夫ですよ。今は」
「ちょっと見せてご覧。こりゃ噛まれたときは痛かったろ?」
浴衣を片肌脱ぎして見せる。
「血が出た程度ですね。まぁここは皮膚が薄いですから…
って八重子先生、そこは噛まれてません、面白がらんで下さい」
なんで乳首は触りたくなるのだろう。
「相変わらず傷だらけだねえ。背中とかひどいよ、あんた」
八重子先生が背中側に回ってなぞるのが、くすぐったい。
「そうですか?自分じゃ見えないんでわからないんですけど」
「これ全部絹がやったのかい」
「う~ん、どうでしょねえ、無意識で自分で掻いてるとかもあるでしょうし」
「ここ、酷い痣になってるよ」
と脇腹。
「そこくすぐったいですっ」
もぞもぞしてしまう(笑)
「母さん、ちょっと。あ。ごめん」
あ、開さん。
今日はなんだかよく裸を見られる日だな。
「開、あんたこれくらい見慣れてるだろ?」
「あー、見慣れてそうですよねえ。彼女何人もいそうな~」
「いやさすがに何人もいたことないから。えぇと…」
後ろを向かんでもいいのに(笑)
腕を浴衣に入れて前を合わせる。
「母さん、何してたの? というかなんで山沢さんだっけ?平気なの?」
「ああ、見られ慣れですねえ。
相手が欲情してなきゃ見られても大してどうとも思いませんね、胸くらい」
「そ、そうなんだ?」
「じゃ、私ゃちょっと着替えてきますね」
「はいはい」
うおお、浴衣ではさすがに廊下が寒い。
部屋に急いで入って着替えた。
ふー。
居間に戻るとただいまの声、先生が帰ってきたか。
「おかえりなさい」
お出迎えしてバッグなどを受け取って着替えを手伝う。
八重子先生と開さんも話が終わったようで居間に出てきた。
「おかえり。長井さん何の話だったんだい?」
「ただいまぁ、もう疲れちゃったわよ。離婚して再婚しろって」
……あ、開さんがお茶こぼして慌ててる。
「ちゃんと断ったんだろうね?」
「当然よ、もう困っちゃう。兄さんは今日はどうしたの?」
「あぁバイトの保証人の件で母さんに用があってね」
「さっき山沢さんの裸見てうろたえててねえ、面白かったよ~」
「母さん!」
「あら~…見られちゃったの?」
「ええ、まあ」
「あれ?開さんきてたんだ?」
「あら律、もう帰ってたの?早かったのねえ」
「そういえばさっき律も山沢さんの裸見たんじゃなかったかね?」
「そうなの?山沢さん今日はよく見られる日なのね(笑)」
「お二人とも反応結構似てますよね。開さんが意外とうぶだったけど。
ちなみに孝弘さんはスルーしますよ。何回か見られてますが」
開さんと律くんは"そうだろうなあ"という顔をしている。
「さて…そろそろ私は失礼を。また明日寄せていただきます」
「もう連休も終わりなんだねえ。明日来るの遅くなりそうかい?」
「多分ちょっと遅れます。出る前に電話入れさせてもらいますが…」
「じゃ、また明日ね?」
名残惜しいが帰る。
帰宅してさびしく一人寝。
残り香を抱いて。
連休明けはいつも憂鬱だ。仕事が多い!
やっぱり定時には終われない。
できるだけ早く終わらせて帰宅し、シャワーを浴びて急いで家を出る。
駅に行くまでに電話をする。
約1時間半の遅れだから水屋の用意どころかお稽古に30分の遅刻だな。
こういうときは電車に乗ってる時間が長く感じる。
早くつかないものか。
って携帯が鳴る。電話を受けて連結部へ行く。
先生から。焦らずゆっくりでいいとのこと。
連休明けでやはり生徒さんがお休みしているとか。
少し落ち着く。
まあそれでも何人かは来られるわけだからできるだけ急ごう。
駅に降りてバスを待たずタクシーを使う。
玄関前まで走り、息を整え身だしなみを確かめて、入る。
ささっと支度をして客に混ぜてもらい、お稽古していただく。
「山沢さんはそうねえ、今日は盆点しましょう。用意して」
茶通箱じゃなくてよかった。
あれは用意がめんど(ry
「あとで時間が空いたら茶通箱するからそれも用意ね」
読まれたかっ。
水屋に色々と道具を仕込んで、用意を整えて客に戻る。
さて、お点前を終えられて早速私の番。
もう一挙手一投足すべて叱られる。
厳しくするとは言われてたけど。
って他の生徒さんが引いてるじゃないか。
点前が終わって次の生徒さんにはにこやか~に教えておられる。
お稽古の後、生徒さんが先生の本気を見たと怖がっていた。
苦笑して水屋の片付けをし、居間に戻った。
夕食を共に頂き、夜、私の部屋へ。
「ねえ、私のこと嫌にならない?」
「どうしたんです?昨日の今日でそれを聞くんですか?」
「だってお稽古、厳しくしちゃったでしょ」
「それとこれとは別、でしょう?
あなたが私を嫌いでそうしてるんじゃないんだったら問題ありませんよ」
「良かった…」
「それより他の方が怖がってましたよ。本気を見たって」
「あらぁ、怖いかしら?」
「私は怖くはありませんけどね。だって…」
キスをする。
「可愛いの知ってますから」
「ちょっとくらい怖がって欲しいわ…」
「あなたが本気で怒ったら怖がるでしょうけど」
「怒らせないでね」
「できるだけそうしたいものですね」
首筋を舐めて。思い出した。
「ああ、そうだ。今度うち来た時は根津行きませんか?」
「なぁに?今回は」
「井戸茶碗らしいですよ、月初めからみたいで見落としていました。
例の喜左衛門井戸が出てるとか」
「あら。見たいわ」
「ここからだとうちに来るほどの時間かかりますからね。今月中にでもと」
「今月もう連休はなかったわよね?」
「ありますよ、勤労感謝の日」
「じゃそのときに行こうかしら」
「そうしましょう。それから。明後日から一週間出張で東京を離れます。
浮気しないで下さいよ?」
「私がするわけないじゃないの。山沢さんこそ心配だわ…してきそうよね」
「しません。気になるならまた噛みます?どれだけ痕つけても構いませんよ」
「沢山つけてあげる…ね、今日はしないの?」
「腫れてるの、知ってますからね」
すっと太腿のあわいに手を触れる。
「うん、そうだけど…」
「一週間です、帰ったらすぐここに来ますからさせてください」
「飢えちゃうの?」
「とってもね。ガツガツしちゃうかもしれません」
「痛くないようにしてね?」
「…痛くしたらごめんなさい、先に謝っときますね」
「駄目よ、激しいのは仕方ないけど痛くしないで」
「気をつけます」
先生はくすくすと笑って、胸に触れて。ここ、噛むわよ?と言う。
「どうぞ」
宣言されてからだと身を硬くしてしまうな、さすがに。
「って乳首は反則です、そこはやめて下さい、すっげー痛いです」
「い・や♪ 大丈夫、簡単には千切れないから」
「本気で痛いのわかっててやってますよね、うー」
乳首も血が出るほどに噛まれて、噛み痕を5つほど新たにつけられて。
「これだけつけて浮気はできないわよね、うふふっ」
「そこまで信用ないですかー?痛たた…実はSですかっ」
「そうかも?なにか楽しいもの~」
仕方ない、独占欲と思えば可愛いものだ…マジ痛いけど。
私の涙目になっている瞼にキスをして楽しげだ。
「さ、寝ましょ? ちょっと寝不足なのよ」
「そりゃまあ…そうでしょうね」
「山沢さんの所為なの、わかってるわよね?」
「わかってますよ、わかってます」
「明日夜まで一緒に居てあげるから」
「お願いします」
軽くキスをされて、先生を懐に抱いて背を撫でる。
いつも思うが寝つきがいい。すぐに寝息に変わった。
ずっとこうしていられればいいのに。
女性らしく細いのに丸くて、やわらかくて。
しっとりなめらかな肌。
一週間も手放すのかと思うと惜しい。
だけど…このままの関係で死ぬまでいられるわけじゃない。
いつか別れがくるんだから、心積もりは必要だよな。
考えたくないなぁ…。
寝顔を見つつ、いつしか寝てしまった。
翌朝、二人とも定時に起きて朝御飯の支度を整える。
朝食後律君を送り出しひと段落。
主婦って忙しいんだなあと思うね、なんだかんだ。
八重子先生がお茶を入れて下さりありがたくいただく。
明日から一週間出張の話をするとやっぱり心配されてしまった。
そんなにしそうですか、浮気。
というか娘が心配というやつだな。
「せめて一ヶ月あたりからその心配してくださいよ…
さすがに一週間くらい大丈夫です。それに…防止対策されましたから」
「また噛まれたのかい? 絹…あんた噛むのはどうかと思うよ」
「いや、いいんです、したいようにして貰って」
「あんたマゾじゃあるまいし」
「ないですけど…気が済むなら。
ところで勤労感謝の日、土曜日ですがお稽古はありますか?
なければ絹先生と根津行きたいと思ってますが…どうでしょうか」
「根津?」
「井戸茶碗の展示ですって。行きたいの、いいでしょ?お母さん」
「まあどうせ連休だと生徒さんもお休みの方が多いからね、行っといで」
「ありがとうございます」
さてお話が終わったので絹先生はお洗濯、私は掃除と分業だ。
各々の部屋には立ち入らないことにしているのでメインは廊下や庭掃除だけど。
家が広いというのは掃除が大変である。
いつも先生方で手入れされてるというのが凄いよな。
早よ嫁さん貰え律君。
茶室の畳の拭き掃除も終えて、お昼ご飯。
孝弘さんが昼前から外へ行ってるので簡単に丼、他人丼うまい。
こういうのが出てくるのがお客様扱いされてない感じで何か嬉しい。
「山沢さんって結構食べるわよねえ」
「あぁ、うまいからですね。
一人で家で食ってるとうまくないもので。お造りと酒で終わったりしますよ」
「なんだい、その酒飲みみたいなの。体壊すよ」
「やっぱり日本酒なの?」
「んー、ブランデーも飲みますが。大体京都は伏見の酒飲んでます」
「お取り寄せしてるのねー」
「ま、そんなには飲みませんけどね」
一服して掃除再開、指示貰ってあちこちと。
八重子先生はお友達が来ているらしく絹先生がお茶を出したりしている。
戻ってきてごめんね、という。
「そんなに困った顔しなくてもいいですよ、怪しまれるよりはいいです」
「そう?」
「そのかわり出張から帰ったときにね?」
「あら、もぅやあねえ」
「もう少ししたら俺も居間へ戻りますから、どうぞ」
頭を撫でられてしまった。
掃除を終えて一旦部屋に戻り、着物を調えた。
「山沢さんだっけ?」
「開さん? どうなさいました?」
「君、絹とそういう関係なんだよね?」
「……先生と生徒の関係」
「じゃないよね」
「お友達」
「でもないよね」
「…わかってていってるでしょう、それ」
「まぁね。絹からとは思えないけどどうしてかな?」
「言いません。呪われそう」
「呪われそうなことをしたのか…」
あ、失言。
「…君、男には興味ないの? 見られるの気にしてなかったけど」
「興味はありませんね。出来ないとかではないですよ。見られ慣れはまた別の話です」
「ふぅん、出来ないわけじゃないんだ?」
ずいっと開さんが近寄って肩をつかんできた。
「僕と、してみる?」
そういってキスされてしまった。
「別に構いませんが。今はいやですね」
「どうして?」
「明日から出張でしてね、疲れたくない」
「斬新な断り方だな、それ」
「そうですか?よくありそうな断りでしょう」
くくっと笑っていると、絹先生が来た。
「あら兄さん、来てたの」
「ちょっと蔵にね」
「おいしいお菓子いただいたの、食べない?」
「ああ、もうちょっとしたら行きます、開さんと話したいことがありまして」
「あらそう?じゃ先に食べるわよ?」
「ええ」
さて絹先生は戻った、開さんと二人だ。
「開さんが気づいてるのは知ってましたよ。
ただそれ、絹先生には言わないほうがいいかと思います」
「気づいてたんだ?」
「まあ一応見えますんで、それ」
「見えるの!?」
「孝弘さんのことも知ってますのでここまで大胆にやってるわけですが…。
さすがに律君にはご内密に願います」
「あ、ああ、律には、言っちゃ駄目だな、うん」
「ということでよろしく願います。では」
部屋を出て居間へ行く。
「あぁ山沢さん、呼んだのに悪いけど粒餡だったよ、お干菓子いるかい?」
「頂きます頂きます、落雁ですか?」
「鶴宿だとさ」
「へぇ。どなたか京都に行かれたんですかね。あそこの薯蕷うまいそうですよ」
「いやお店が日本橋に有るらしくてね」
「ということは京観世ですか、粒餡。
日本橋にあるんだったら今度行ってみます、柚餅好きなんですよね」
「求肥好きよねぇ山沢さん」
「昔羽二重餅が食べたくて自作しましたよ。ただ粉200gというレシピだったので」
「すごく沢山出来たんじゃない?」
「ええ、もうバット1個分…でも飽きませんでしたよ」
呆れ顔だ。
「母さん、これ蔵の鍵」
「あぁ開、来てたの。あんたも食べないかい、これ」
「いや僕は甘いのはいいよ」
「じゃお茶入れるわね」
見ていてなにやら楽しい。開さんを甘やかしてるなぁ(笑)
「あらもうこんな時間?そろそろお買物行かなくちゃ。山沢さん、一緒に来てくれる?」
はいな。
「僕が一緒に行こうか?」
「兄さんはいいわよ、ゆっくりしてて」
開さんを置いてお買物。
二人でお買物はいつもながらに何か楽しい。
「何が食べたい?」
と聞かれるのも結構ツボだ。
「何でもいいです」
といったら怒られるのもいつものことだ。
重いものを買っても担いで帰れる私は重宝らしい。
今日は出物があったぞ、オレンジ白菜だ。
これはうまいんだよなあ。
見た瞬間今日のお夕飯は鍋に変更されてしまった。
豚のスライスとお豆腐と~などと鍋材料を買い込んで、
軽いものは先生が、重いものは私が持って帰った。
「お母さん、今日はお鍋にするわね。山沢さん、白菜洗ってくれる?」
水が冷たくて嫌なんだそうだ(笑)
じゃぶじゃぶと冷水で白菜を洗って、まな板に並べる。
先生が切る。
そして壬生菜を洗ってこれも切ってもらう。
こちらではあまり壬生菜を食べないそうだが…。
よし食材の支度は済んだ。
後は食事時間の前に火を入れるだけだ。
先生においでおいでをされて近寄ると軽くキスされた。
「あ、出汁の味。ごちそうさまです」
笑ってぺしっと頭を叩かれた。
「もう、しばらく会えないのにそんなこと言って…可愛くないんだから」
「一週間ですよ。半日でこれない距離じゃなし、いざとなれば、ね?」
「戻ってくれるの?」
「ただまぁ、滞在3時間ってところでしょうけど」
「結構短いのね」
「仕事終わってから、朝までに戻らないとね」
「私が行ったら…もっといられるかしら」
「駄目です、それは」
「だめなの?わかったわ。部屋に女の子呼ぶんでしょ」
「呼びませんよ」
「嘘」
「嘘じゃありませんから、機嫌なおして下さいよ…」
「じゃあどうして?」
「お稽古もありますし、特に今度の日曜は口切でしょう?」
「あ…だからなの…」
「参加できないのは残念ですけどね。炉開きより重要なのに」
「わかったわ…ごめんなさいね」
手の甲にキスを落として。
「嬉しいんですけどね。さ、居間に戻りましょう」
居間に戻ってしばし歓談。
「ただいまー」
律君帰ってきた。
「あら、おかえり。もうお夕飯食べる?」
「お父さんは?」
「今日はいらないそうよ。食べるんなら着替えて手を洗ってきなさい」
「うん」
んじゃ用意しますか。
お鍋は結構美味しく出来た。
律君が壬生菜の味に変な顔をしたり、生麩に焦っていたり。
「白菜がいつもより甘いね、色も違うんじゃない?」
「これオレンジクインって品種でサラダにしても甘いんだよ。
あんまり売ってなくてね。だから今日の一番目玉かも?」
「そんなのあるんだねぇ」
お鍋は完売御礼、雑炊は夜食(笑)
お台所に持っていって、先生と洗い物少々。
「あ、そうだ。リングですが。いない間稽古中は外すのは自己判断でお願いします。
できたらつけてて欲しいですけどね。
辛い時とか気に障るとかならはずしても構いません」
「いい、の?」
「風呂とか寝るときとかと同じですよ、またつけてくれれば良いんですから」
「あら、そういえばそうね。外していいって言ってたわね」
「着物だと違和感そうないでしょう?押さわってるから擦れないし」
「お洋服だと違和感あるの?」
「結構にね、あるそうですよ。仕事が出来ない、とか」
「そんなに?こんなので?意外ねえ」
「今度洋服着てくださいよ、ノーブラで」
「やぁよ、恥ずかしいわよ」
「普段ノーブラノーパンじゃないですか、ねえ」
「洋服だと着ないと変よ…あ、私山沢さんのスカート姿見て見たいわ」
「持ってませんよースカートなんて」
「あら、じゃ一緒にお買物行きましょ、ねっ?」
「えええええ、なんでそうなるんですか」
「だって私のスカートじゃ入らないじゃない。前にスラックス借りたから知ってるわよ」
「貸しましたっけ?」
「ほら、山沢さんのおうちにいたときに浴衣洗って干してる間」
「ああ!そういえばありましたね。中々見慣れぬ姿でした」
「制服はセーラーだったのよ、学校行ってた頃は」
「うわー出張から帰ったら見せてくださいよ!見たい!」
「アルバム、開兄さんだけ写真がないのよねえ」
「ああ、そうらしいですね」
よし洗い物終わり。
さてと。そろそろ帰らねばならん。
居間に戻ろうとする先生を引き止めて、ディープキス。
先生の目が潤んでいる。
「じゃ、そろそろ…」
「うん、気をつけてね…」
居間へ行き、帰るご挨拶をして。八重子先生に見送られる。
「あら、絹は?見送りくらいしたらいいのに」
「もう挨拶はしましたから。また来週、よろしくお願いします」
「そう?あんた結構鈍臭いんだから気をつけなさいよ?怪我しないように」
切火を打ってくれた。
「ありがとうございます、気をつけます。では!」
自宅に戻り明日の支度をしてすぐに寝る。
翌朝、出勤して仕事を終え、出張先へ。
新幹線が通るようになって本当にこっち方面への出張が楽になった。
前は半日かかっていたからなあ。
しかし、現地から取って返す、それも新幹線のない時間帯となったら車、
関越自動車道で行くしかないな。まさに3時間程度しかいられないし、徹夜だろうけど。
それでも会いたくなったら行くしかない。
そんなことを考えているうちについた。
まずはホテルにチェックインしなければ。
安かったがそれなりのホテルだ。
食事は別。朝飯は適当な喫茶店行けばいいし。
さて、明日から回る漁港への道路を確認しなければ。
明日はまず北側にある川沿いの漁港に行くことになっている。
まあ、今回の出張で行く漁港へは1時間以内につくところばかりで助かる。
基本的に今回は挨拶回りだから気が楽だ。
ただ、話によっては夜に接待を受けたりがあるから遊びまわるのは無理だが。
まあ今日はメシ食ってごろ寝だな。
疲れた。
先生はどうして居るだろうなぁ。
ってお稽古してるに決まっているよな。
とりあえずメシ食うか。
ホテルの1Fにあるという酒がいい居酒屋を教えてもらった。
こりゃすごい。
メニューが酒だらけだ。
いや今日はそんなに飲んじゃいけないからちょっとだけね。
なに、3階で利き酒できる?
夜9時まで? よしよし、明日にでも行ってやろう。
こりゃあ知らいで決めたホテルだが良いな、良い。
今度先生を連れて来たいなあ、沢山飲ませて…うん、いいね。
とりあえず土産は酒になりそうだ。
おいしくメシをいただいて、酒も入っておやすみなさい。
早朝というか夜も開けきらぬうちに漁港へ。
漁師さんや漁協とのお話をすませる。
それなりにお話がついた。
今晩いかがですか?といわれ一度は断る。
再度すすめられて乗る。
呼びたいなぁと思っていた古町芸妓を呼んでくれたようだ。
うんうん、京都と並び称されただけはある。
さすがに東京の人は慣れておられる、なんて言われたが、
東京でそんなに座敷かけたことはないな。
酒を控えめに接待を受けて、踊りや三味線を楽しむ。
あ。先生を座敷に呼ぶの忘れてた。
帰ったらそうだな、宗直さんたちお姐さんに願って座敷かけるか。
早めのお開き。みんな朝早いからねえ。
俺もホテルに帰ってすぐに寝た。
翌日はお話のみなので昼間っから利き酒エリアを楽しんで。
さすがに3日目は夜の街に繰り出した。
って結局芸妓呼んだだけだったりするが。
置屋の電話番号を教えてもらってあったので直接連絡した。
料亭などの手配もしてもらって車も呼んでもらった。
明日は一応は休み、朝早く起きなくても良いってことで。
楽しく遊んでいると電話。先生から。
『ごめんなさいね、この間の茶碗、明日使おうと思ったのだけど…』
「ああ、仕舞ったところですか。鶴首釜の横の棚だったように思います」
『ありがと…山沢さんあなたどこに居るの。…浮気よね』
ガチャッと電話を切られた。
あ、若い子のくすくす笑い聞こえちゃったな、こりゃ。
リダイヤル2回、あー駄目か。
帰ったら大変なことになるな…乳首取れたらどうしよう。
よその土地のお姐さんたちだからね、ちょいと相談。
こういう嫉妬にはどう対応したらいいんだろうね。
女同士は良くわからない?まぁ通う男性の奥さんの気持ちと考えて。
やっぱり誠意かな。誠意だよね。
沢山愛してあげればいい、なるほど。
愛されてる自信を持たせる、なるほど。
夜遊び・芸者遊びをしない。うっそいつぁ難しいな。
こっちの遊びが好きだからねえ。
新潟に来たならば古町芸妓、と思ってきたんだよ。
そういうと嬉しいといわれた。
十日町芸妓連とかね、あそこは十日町小唄で有名だけども。
古町は京都と並ぶ良い芸妓だと聞いているからね。
「こちらは市川と市山さんと聞いてますがね」
「いやぁ今は市山だけらてー。わっては市川、踊れますいねよ」
古株さんか。
市川と市山、二人で踊り比べてもらう。
なるほど違う。ここまで違うとは。
それなりに楽しく遊ばせて貰ってホテルに戻れば23時半。
うーん、明日朝イチに電話を入れるか。
八重子先生が出てくれるだろ。
なんだったら茶事が終わった頃に顔を出しそう。
終電で戻って来れそうならそうしてもいい。
21時までならあちらにいられるだろう。
ま、4時間あれば高速でつくから0時までいてもいいが。
その場合一駅手前で降りてレンタカーを借りておいて、それから先生宅だな。
夜中は借りれんだろうし。
算段をして、寝る。
翌朝、6時半、電話をする。
八重子先生が出てくれた。
昼までに電話いただければ夕方には行ける旨、絹先生へお伝えして欲しい。
そうお願いした。
さて、電話はくるかなぁ。
風呂に入って、今頃用意で大変だろうと思いを馳せて。
少し飲んでいると電話がかかってきた。
取ると八重子先生、来なくていいといってるとのことだ。
様子を聞くにいらだってる模様。
うーん困った。
八重子先生はほっときなさいというが。
取敢えずはこちらはこちらで時間潰すかね。
観光でもするか。
もういっそ何だ、キャバクラにでも行こうか。
更に怒らせてどうする。
やっぱり観光だ観光!
いや、飲むか!
幸い飲みつくせない酒がここには商われているからな!
15杯を飲んだ頃、電話が鳴った。
先生からだ。はや夕刻か。
「茶事、無事に終わりましたか?」
『なんとか終ったわ…だから…今から行くわね』
「えっちょっと待ってください、何で今から?来るんですか?」
『なんでそんなに慌てるの。女の人を呼ぶ予定でもあったのかしら』
「有りません!いやそうじゃなくて…」
『お母さんは行ったらいいって言ってくれたわよ』
「駄目です無理です」
『後ろ暗いことがあるんでしょう?』
「ちがいます、もうかなり酒飲んでて寝そうで無理です」
電話の向こうでため息一つ。
『じゃ明日行くから』
「帰ってからという選択肢はないんですか」
『それまでに夜遊びするつもりでしょ』
「ああ、信じていただけない?そうですか、そうですか。おやすみなさい」
電話を切る。電源も切る。
部屋帰って寝てやる。
さすがにあそこから3時間半かかるここまでは突撃してくるはずはない。
熟睡。
と、思ったら…。
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