-大先生-
「ただいま」
(おや、なんで男物の草履があるんだろうね?)
台所に声がする。
絹と男の人が何か話しているようだ。
「痛っ」
焦ったあまり先生が指を切った。
つい覗き込んでしまう。
そこへ…
「絹!あんた何してんだい!」
おおっと大先生だ。吃驚した。腕をとられて引っ叩かれた。
「人がいないと思って男を引っ張り込んで何をしてるんだい!」
あ、男ね、格好で判断してるね、これは。
「お母さん、やめて!違うの」
違うとも言い切れないけどね、昨日やっちゃったし。
大先生は私を生徒の一人だということにまだ気づいてない。
結構服装が違うってイメージ変わるしね。
「お母さん!山沢さんよ!お茶の生徒さんの、ほら!」
その説明だと男を引っ張り込んで、のイメージから抜けれないと思いまーす。
私はおもむろに大先生の手をとりわが懐へ。
「八重子せんせー、女の生徒の山沢ですよー」
生乳を触らせ、あえてのんびりした声を作る。
大先生はぎょっとしている。
と思ったら先生もぎょっとしている。
「山沢さん…?え、あのいつもワイシャツにスラックスで来る山沢さん?」
そーですよー。
「なんでそんな格好してるんだい、間違えちまったよ」
まちがうよねー。
「昨日の所用の都合で、その足でこちらに来たものですから」
泊まるとは思ってなかったけどね。
叩いたことをわびられ、朝食の用意を続ける。
「あれ?そういえば旅行って聞いたんですけどお戻りが早いですね」
「9時から用があってね、だから早く帰ってきたんだよ」
なるほろ。
もうちょっと寝過ごしてたらヤバかったな、これは。
「絹、あんた酒臭いよ」
そりゃま、ほぼ5合くらい一人で飲んでたもんね。
朝御飯を頂いたあと、私は茶の間でお茶を頂いていると、
先生が着替えてこられた。
今日は濃藍の浴衣。いい女だなあ。
大先生も用を済まされ戻ってこられた。
「昨日山沢さんがお土産にって生菓子とお酒を頂いたの。
それでちょっと飲んじゃって」
「私が奨め過ぎてしまって飲みすごされたんですよ。
伏見の酒は気づかないうちに飲みすぎるんですよね。
うっかりしてました。すいません。
時間も遅かったので泊めていただきました。」
納得されたようだ。
しばし談笑。
明後日のお稽古にまた参ることを約束し、羽織を着て整える。
先生がほぅっと息をつかれる。
「良い男振りだねぇ」
と大先生に言われて送り出された。
翌々日昼。火曜日。
「こんちはー」
「こんにちわー」
お昼組のお稽古に集まる。
「八重子先生、絹先生、今日は。お稽古お願いします」
みなで声をそろえ、挨拶。
今日は貴人清次のお稽古だそうだ。
結構難しく、正客や次客、東や半東など覚えることがいっぱいある。
3時間はあっという間に過ぎる。
隅で見取りをしていると、大先生に残れるか聞かれた。
水屋当番に当たってた人がお休みらしい。
お稽古終了したので、皆でお稽古ありがとうございましたと挨拶し、
一人居残り水屋仕舞いを手伝う。
先生と喋りながら釜や炭の始末をする。
昨日のお八つに土産の上生菓子を食べたそうでおいしかったそうだ。
二日酔いはそんなでもなかったとか。
ふと手と手が触れた。
気づけば大先生は晩御飯の支度に行かれたので水屋に二人だ。
「絹、電話だよ」
うわぁっ!びびった!
代わりに水屋仕舞の手伝いを大先生がしてくださる。
「山沢さん、あんた今日も着物着てきたらよかったのに。」
「いやぁ、暑くて。ついついこの格好できてしまいますね」
「昨日の着物、よく似合ってたよ」
男装が似合うといわれても微妙なものはある。
後始末も終わったので、辞去しようとすると晩飯に誘われた。
一度お断りしたが更にすすめられたので頂く事にした。
「お母さん、司ちゃんも泊まるんですって」
司ちゃん来てるのか。…も、ってなんだ。ほかにも誰かいるのか。
「山沢さんもたしか明日休みだろ?泊まっていきな」
私か!
司ちゃんや律君、旦那さんたちと共に晩御飯を頂いた後、
先日の酒をみんなで飲むことに。
八重子先生も少し飲んでおいしいといっている。
今日は絹先生もたしなむ程度しか飲んでおられない。
旦那さんは私を見てニヤっと笑った。
バレているのか…。
司ちゃんと律君、旦那さんが寝てしまって散会、泊まる部屋に案内してもらう。
先日と同じ奥の部屋だ。
先生を見るとやや頬を染めている。
引き寄せて抱きとめると少し抵抗された。
「だめよ、お母さんも司ちゃんもいるのよ…
一昨日のことは間違いってことにして…ね?」
「酒の上での過ち、ですか」
「お願い…そういうことにして…」
だがキスして胸を揉んでやった。ひどいな私。
抵抗しているので今日のところは我慢しておこう。
「今度外で会えませんか?」
先生は、だめ、とかなんか呟いてるが、益々ヤりたくなってしまう。
くぅー可愛い!くそう!
「じゃないと今ここでしますよ?」
脅してみちゃおう。
真っ赤になってる。うん、楽しい。
ついに諦めたようだ。
解放してあげたら顔を赤らめたまま戻られた。
さて、今度はいつあるのだろうなぁ…。