翌日。
仕事の後、一人展覧会へ行く。
台風が来るらしく暑い。長袖なんて着なきゃよかった。
そう思いつつ観覧していると宗直姐さんに会った。
さすが茶名持ち、こういうのも見に来るのだな。
展覧は時期的に名残の揃え。
でも10月半ばでこうも暑くては名残といってもなあ。
などと話しつつ、品々を楽しむ。
ついでに先日のおどりの会の話を振る。
立方・地方も茶名持ちでやると面白いのではないか?
茶人なら茶人の歌いよう・舞いようがあるだろう。
やるんなら客も茶人をそろえればどうだろうね。
そんなお堅い宴席はいやだそうだ(笑)
近くの喫茶店でお茶を飲んで別れた。
お稽古日。
さて今日はなんだろうなあ。
人数によっては花月かな。
ありゃ、誰もまだ来てない…。
「あ、山沢さん。あんた台子でしないかい?」
どうやら朝の人・乱れ、夜の人・台子らしい。
つまり出して仕舞うのが面倒(ry
他の方が来るまでは乱れをやろうという話になった。
紋付じゃないけど心構えをすればよい、口と手を清める。
正客に八重子先生、次客に絹先生。
二人から指導が入る入る入る。
結局午後の稽古の終わるまで誰も来なかった。
早めに切り上げてお夕飯の支度を手伝う。
「山沢さん、煮物苦手なの?」
と絹先生。そうだと答えると教えてあげるから作るように仰る。
いや、出来ないというわけでは。
自分が作ったものの味が気に入らない。
「うちの味でよければ同じ分量で作れば良いじゃないの」
いやいやこちらは4人分、うちは1人分。
分量そのまま割ったらいいというわけにはいかんのです。
濃茶を一人分練るのが難しいようなもので…というと納得された。
「それでも結局慣れよ?」
うう、まあたしかにそーですが。
たまには作るという約束をさせられてしまった。
手早く夕飯を頂き夜のお稽古の準備。
私は初心の方への割り稽古の指導をする稽古をつけてもらう予定だ。
水屋や釜を整えていると夜の生徒さんたちが来た。
と思ったら数奇屋袋を投げつけられた。
「ひどいわ!連絡待ってたのに!他の女とデートするなんて!」
ええっ?なんの話だ!?
投げつけてきた人は先日私に名刺を渡してきた女だ。
周囲がざわつく、絹先生をチラッと見ると額に青筋が。やべぇぇぇぇっ!
「ええと、あのう、何のお話で…?」
「ふざっけんじゃないわよ!昨日根津で女と!一緒にいたくせに!」
あ…あれか…宗直さん。たしかに女だ。古いけど。
「話を整理しましょう。
まず私は女ですので女とどこで遊んでいても問題はないはずです。
それに私はあなたに連絡を差し上げるとは一言も言っていません。」
「嘘つくんじゃないわよ!どこが女なのよ!」
周囲がとりなしてくれない、仕方ない、脱ぐか。
袴の紐を解き、着物の帯を解き、長襦袢の紐をはずそうとする。
八重子先生が騒ぎに気づいて止めてくれた。
ほっとする。
さすがに大人数に裸身をさらしたくはない。
誤解から生じたものとして処理され、名刺の女は取敢えず今日は帰ってもらうことに。
そして私は稽古場を騒がせたので一ヶ月稽古差し止め。
すごくショックだ。
来るなら来ても良いが水屋か見取りのみしかさせないという。
取敢えず今日のところは水屋要員するしかない。
場の重さに引きづられたまま皆さん黙々とお稽古され、本日の稽古終了。
絹先生に呼ばれる。二階に。
「デートってどういうことなの?」
うっわそっちか、怒ってる。
「た、たまたまですよ、たまたま、知り合いに会っただけです」
「どういうお知り合いなのかしら」
「同門!同門です!」
「あらそお?」
だめだ、信じてもらえてない気がする。
「70代の方ですよ、勘弁してくださいよ…」
「えぇ?あらぁ…いやねえ」
あ、よかった納得してもらえたかな。
「ね、さっきの方だけど…連絡って?」
「ええと先日のお稽古のときにですね…」
かくかくしかじか、と説明する。
「何で言ってくれなかったの?」
「あなたに嫉妬させたくなかったから…」
抱きしめてキスしたその時、絹ー?と八重子先生が呼んでいる声が聞こえた。
くっそう。
絹先生が降りて行き、時を置いて私も降りた。
居間に行くと八重子先生に座ってと言われ、絹先生の横に座る。
昨日の出かけた先と相手の確認をされた。
「絹を誘って行けばよかったじゃないか」
「朝思いついたものですから…それにまさかこうなるとは」
「とにかく、差し止めといったからには私は稽古をつけないよ。
稽古の時以外で絹が稽古をつける分にはかまわないけどね」
「いいんですか!?」
[絹がいいならね」
さっと座布団から降りて、絹先生にお願いする。
いいわよって仰ってくださった。良かった。
もう時間も遅いことだし、と八重子先生は部屋に戻って行かれた。
絹先生は火の始末などをしてから話があると私の寝間へ。
部屋の奥の机のところに二人で座る。
話ってなんだろう。
「あの…さっき、嫉妬してごめんなさい…」
「話ってそれですか。何かと思いましたよ」
可愛いなあ。ついなでなでしてしまう。
「私、こんなに嫉妬がきついなんて思わなかったわ」
「んー私よりはましではないかと思いますが。
私なんぞ律君と先生が一緒に歩いてるだけで…」
「ええっ!」
ちょ声が高い声が!
「お母さん、どうしたの?」
うぉわっ、律君だ!
「なんでもないわ、大丈夫だから」
先生も声が慌ててる。
間の悪い奴め…。
そう?といって廊下を歩いていく音がした。
ハーーー、と息を吐く。
ああ焦った。
そっとキスをする。
「律が戻ってきたら困るわ」
「目の前に居るのに出来ないのは辛いな…。明日、どこか行きませんか」
なんなら昨日の根津でもいい。
デートして連れ帰って食べてやる。
先生は頬を染めてこくり、とうなづいた。
たしか諏訪で展覧会が有ったな…八重子先生に泊りがけを許可してもらおう。
時計を見る。まだいけるか。携帯をとり、ホテルに空きがあるか確認する。
取敢えず確保を依頼し、八重子先生の部屋へ行く。
起きて居られるか声をかけると、まだ大丈夫だった。
明日、諏訪の美術館へ行きたい旨申しあげる。遠方ゆえ泊りがけにしたいと。
名物裂の展覧と言うと構わないといっていただいた。
部屋に戻る。
「明日、展覧会へ行きましょう。泊りがけで。いいのあるんですよ」
「お母さん、いいって?お稽古日なのに…」
「名物裂の展覧といったらすぐOK出ましたよ」
「あなた色々知ってるのねえ…」
そりゃまあデートのネタになるのでチェックしてるのですな。
明日の用意もあるからと先生は部屋に戻っていった。
私も用意しないとな。会社に休むとのメールを出す。
鞄の隠しに縄を入れておこうか…。