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百鬼夜行抄 二次創作

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伶(蝸牛):絹の父・八重子の夫 覚:絹の兄・長男 斐:絹の姉・長女 洸:絹の兄・次男 環:絹の姉・次女 開:絹の兄・三男 律:絹の子 司:覚の子 晶:斐の子

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520

翌朝も雨で陰鬱だ。
それでも多少は売れて。
「今年は駄目だね」
「週末になっては雨ではなあ」
「売れるものの売れない」
「というか魚も来ない」
雨続きで市場にも活気がない。
さて今晩は何を作ろう。可愛らしいカレイでも持って帰ろうか。
先生のお宅の炊事洗濯には慣れたけど献立を考えるのが億劫なのは先生もよくわかってて。
ちゃんとメールで今晩の献立を書いてくれてある。
俺に任せておくと肉が増えてしまうから。
毎晩先生と夕飯を共にするのは楽しい。
体力的には流石に疲れるが。
お稽古がお休みの日に二人で昼寝をするのがなければ続かない。
そのまま抱きたくなるのが問題だが。
大抵そういう日は先に先生が起きて夕飯の支度を始めてしまって。
翌朝のお弁当を持たされることになる。
先生が作るご飯はおいしいから嬉しい誤算なのだが。
そうしていつ花見にしようと思っていた夜。
孝弘さんが食卓にいないようだ。
「あら、お父さんは?」
「あーなんか友達と麻雀してくるって。暫く帰らないかもって言ってたよ」
「そう? 弱ったわ、ご飯どうしよう」
「冷凍して明日チャーハンしましょうよ」
「律もそれでいい?」
「いいよー」
カレーでもいいが匂いがね。稽古中に漂うのはちょっと。
余ったおかずを弁当箱に詰めて取敢えずは俺の朝飯に。
「暫くってんならご飯、二合くらいにしましょうか、明日から」
「そうした方がいいわねぇ」
律君がいない日は先生一人の食事か。
俺は慣れてる一人飯だけど先生にはきっと侘しかろう。
と思ったがどうやらそれは昼ならちょくちょく発生していた状況らしい。
せめて夜だけは三人で食べよう。
洗い物をしてから帰宅。明日は泊まれるから少し気楽だ。
翌朝、やはり雨。花が散る、散ってしまう…。
料理屋さんもこの雨には苦笑い、諦め半分に仕入れして帰る。
「ただいま」
お稽古中の先生の家に上がりこみ、家事をしていると先生が来た。
「あら、着替えてないの? まぁいいわ。生徒さんお休みだから今日はこれでお仕舞い」
「え、なんですかそれ」
「お花見行ってるらしいのよね」
「晴れたからか、そうか…じゃ俺たちもどこか行きませんか」
「そうねえ、まだ咲いてるのかしら」
「いくつか心当たりあるでしょう? 車だからどこでもかまいませんよ」
「そう? うーん…でも朝は雨だったから下が濡れてるわよねえ」
それはそうだ。ブルーシートはダメだし茣蓙では水気が浸透するな。
「残ってるかどうかわからないけど…羽村はどうかしら」
「どこですそれ」
「多摩川沿いの自然公園よ。確か夜もいい筈だから」
「OK、そうしましょう」
「車は置いて行って歩きましょ。律はもどこか行くって言ってたから遅くなっても良いわ」
「じゃ弁当どうしましょう」
「そうね。お弁当は…いらないわね。売店あるから」
「途中で降られりゃ中止してどこか飯食いに行っても良いな」
「じゃ着替えて…」
ザッと音がした。
「えっ? 嘘、降ってきたわ」
「えぇ!? うわ、マジか、今まで晴れてたのに~」
先生が肩を落とし深い溜息をつく。
「また今度ね…」
「来週あたり晴れたら奥多摩行きましょうか」
「そうね…」
「あぁでも。なんだからどこか飯は食いに行きませんか?」
途端ぱっと顔を輝かせた。
いくつか心当たりに電話して懐石の店に予約が取れた。
「さぁさあ着替えましょう。雨のドライブになりますが」
嬉しそうにしているのに俺も気をよくして。
たまにはお出かけしたかったんだよね、二人で。
支度が整って先生を車に乗せる。
「助手席乗りたいわ」
「だーめ、雨だから余計にいやです」
「我侭聞いてくれないのね」
「聞いていい我侭と聞いちゃいけない我侭があるんですよ」
「なんだったら聞いてくれるのかしら」
「さぁね。ま、先生と弟子という関係上この位置が正しいでしょう?」
「弟子を運転手にして、ね?」
「弟子が免許もってなくて先生を足にしてる社中もありますよね」
「あるわねぇ。ん?」
「どうしました?」
「イヤリング。落ちてたわ。誰のかしらね…」
険悪な声で聞いてくるんじゃない。
「こないだ昼飯ん時に皆乗せたからその時のじゃないですか? それ以外女乗せてません」
「あらそう。じゃ聞いてみるわね」
「そうしてください」
お店に着いて先生を玄関先に下ろしてから駐車。
玄関番が傘をさしてくれた。
「お連れ様は先に座敷に上がられてます」
「ありがとう」
草履を脱いで仲居に導かれ座敷へ。
ちゃんと先生が上座に座っている。
こういうところの人は人を見るからわかるんだろう。
冷酒を頼む。先生の分だけだからほんの一合。
切子徳利に入れてあり綺麗だ。
「飲みたくなっちゃうな」
「だめ、おうちに帰ってからよ」
飲酒運転になっちゃうからね、しょうがない。
俺はお茶で食事を進める。
ここの懐石は普通にうまい。
先生は久しぶりの飲酒にほんのりと桜色に染まっている。
「あ。鮪…」
「食べてあげるわ。そのかわりこれ食べて頂戴」
「あれ、苦手でしたっけ?」
「好きじゃないのよね。食べれなくはないけど」
「珍しいな、あなたが好き嫌い言うなんて」
「ないわけじゃないもの。うちだと自分で作るから…」
「嫌いなものは自然と食卓に並ばない」
「そういうこと」
次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちつつ、先生に飲ませる。
お酒があいて温かいお茶を貰った。
〆のご飯と香の物、味噌汁。
んー、うまい。
デザートが出てお茶が取り替えられた。
イチゴが甘くておいしい。
満腹満腹。先生も満足そうだ。
「そろそろ帰る?」
「そうしますか」
先生がトイレ行ってる間に支払いを済ませる。
車を玄関に着けた。
後部座席に乗ってもらって帰り、桜のある道を選んで。
「あら、きれい…」
雨は止んでいるから少し停車して歩いた。
「夜桜は良いですねぇ」
少しして寒くなったというので車に回収して帰宅。
お風呂を沸かして二人で入って久しぶりにいちゃいちゃもして。
居間でくつろいでいたら律君が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
「外寒いね、すっかり冷えちゃったよ」
「花冷えだね」
「お風呂沸いてるわよ、入ってらっしゃい」
「うん」
ドラマを見ていたら先生があくび一つ。
「寝ますか?」
「ん、もうちょっと。これが終ったら」
「布団敷いて来ようか」
「だめ、こうしてて」
俺にもたれているのが良いらしい。
可愛いなあ。
というか孝弘さんがいないから気が緩んでると見える。
ここは俺が気を引き締めて、手を出さないようにしなければ。
律君が上がってきた。
「お茶いる?」
「いいよ、今暑いし。まだ寝ないの?」
「ドラマあとちょっとなのよ」
「すっごい眠そうだよね」
体重全部俺に掛かってるかってくらいもたれてるもんな。
「あぁそういやさっきお酒飲ませたから」
納得、と言う顔をしている。
やっと番組が終って先生が身を起こした。
火の始末と戸締りを確認して戻る。
「さてと。寝るかね。おやすみ」
「おやすみなさい」
律君も部屋に戻ったところで今の電気も消して部屋へ。
先生はトイレからそのままこっちに来るはず。
布団を敷いて寝る支度を整えた。
が、十分経っても戻ってこない…。
トイレに行って声を掛けるが反応がないので開けてみたら寝ている。
「先生、起きて。ほら」
「ん…? あら? やだわぁ」
ほほ、と誤魔化し笑いして俺を追い出した。
「もー今度から飲ませないよ?」
「まぁそう言わないでちょうだいよ」
部屋に連れ込んで布団に入れて胸を撫で回す。
「こら、もう。眠いの」
あー。触ってるのに寝ちゃったよ。
しょうがねぇなぁ。
まぁ暫く帰らないらしいからまた火曜にでもするかな。
朝になって律君を送り出したら八重子先生のお見舞いへ。
着替えとかね。
いい天気だからと先生は沢山洗濯物を干した。
「あ。今日花見行きますか」
「いいわねえ、でもいっぱいかしら」
「なに、三人くらい座れるところはあるでしょう」
「じゃ用意してくれる?」
「はい」
旅箪笥と湯の入ったポット、釜に電熱風炉。
濯ぐためのバケツ類。
布巾やタオル、毛氈などを積み込んだ。
途中和菓子を買い込み病院に乗り付けて八重子先生をお誘いする。
外出許可を貰い、花見へ。
「いい天気ねえ」
「暖かいねえ」
先生が八重子先生を面倒を見ている間に設営する。
毛氈を敷いて風炉を置く。電源は車から取る。
日光を背にするように。そうしたほうが暖かく、眩しくない。
先生にお点前をお願いする。
お正客は八重子先生だ。
久々の旅箪笥に先生も少し戸惑い加減なのは微笑ましい。
八重子先生もお稽古じゃないので優しく先生に教えておられる。
さすがに野点は多少人目を引くようだ。
点前を交代して次は俺。
見ていたので先生よりは扱いをスムーズに。
こっちはお稽古のつもりで。
花と茶をたっぷり楽しみ、ほんの少し酒を。
これは医師に確認を取ってある。
日が翳らぬうちに撤収して病院へ戻る。
「早くうちに帰りたいねえ」
「リハビリ頑張ってくださいね」
「ベッド置く?」
「置いたからって問題じゃないです。手を借りずに立ち座り出来ないと大変ですよ?」
「そうだねえ、もうちょっと頑張るよ」
「そう?」
「そろそろあんたらお帰り、お夕飯の支度あるだろ?」
「おっともうそんな時間でしたか」
「あら本当、お夕飯なににしようかしら」
なんて話していると斐さんが来た。
「あら絹ちゃん来てたの。山沢さんも。こんにちは」
「こんにちは」
「姉さん」
「さっき二人とお花見してきたんだよ」
「そうなの? いいわねー」
「いいお天気でしたから」
斐さんに後を任せて二人で帰宅。途中で買物を済ませた。
なんとなく先生は茗荷の味噌汁をしたくなったようで…俺のは麩を入れてくれたけど。
味がするんだよなぁ。
でも作ってくれるんだから文句は言うまい。
それ以外のご飯はうまい。
たっぷり目のおかず。
少し残ったので弁当に沢山詰めてもらった。
「つい作りすぎちゃうわね」
「俺が食べますから」
律君が部屋に戻ってるのでその間に少しいちゃついて。
流石に先生は落ち着かないようだ。
でも俺が帰ると風呂に入って明日の支度をして寝るしかないわけで。
それだから俺に帰って欲しくないそぶりをする。
だけど俺の睡眠時間の確保、と諦めて俺を帰す先生はいつも憂い顔だ。
「明日も来るのに」
「だって…」
「わかってる、寂しいんだろう?」
こくり、と首を振る。
後一月もすれば八重子先生も退院だから、と宥めすかして別れた。
心が弱っている時はどうしても先生とて聞きわけが悪くなる。
それはもう仕方ないことだ。
これで律君が一人暮らしでもしたらどうなるんだろう。
ちょっと心配だなぁ。
なんて思いつつ帰宅した。

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519

先生もお疲れだが俺もそれなりに疲れている。
夏までに退院して欲しいものだ。
数日後、大型店に連れ出していろいろ買物していると先生が何かに目をとめた。
「どうしました」
「あっ、なんでもないわ」
見てたのは……首輪?
「いま犬は飼えませんよ? 手が掛かりすぎる」
「そ、そうよね、ええ、飼えないわよ」
あれ、ちょっと頬が赤い。
先生はすぐにその場を離れて他の消耗品を籠に入れはじめた。
車に戻ってから聞き出す。
「先生。あなたまた私の雑誌読んだでしょう」
「う、わかっちゃった?」
「今回はなんですか、首輪されたいんですか? 暇になったらつけてあげますよ」
「そうじゃないのそうじゃないの。つけないで頂戴っ」
きゃあきゃあと騒いでいる。
「いやぁつけてるところも見たいね。後で首のサイズ測ろうか」
「やだ、もうっ。忘れて頂戴よ」
たまにはこういう会話も楽しい。
帰宅して、夜。
布団の上で座ったまま抱き寄せる。
「本当はねぇ。夜桜にあなたを縛り付けて。ほろほろと散り行く花を楽しみたい」
想像したらしくほんのりと顔を赤らめている。
「だめ、そんなの…」
久しぶりに抱きたくなって少し言葉で弄る。
ゆっくりと先生のおっぱいを揉みつつ。
久々の肌を楽しむ。
「ねぇ、じらさないで…」
珍しくねだってきたので横たえて裾を割った。
「随分濡れてますね」
「やだわ、恥ずかしい…久しぶりだもの…」
「可愛いな」
久しぶりに肩を噛まれ、背に爪痕を残されるほどで。
先生もそれなりに俺を欲していたのかもしれない。
ただ疲れと眠気が勝っていただけで。
翌朝、先生は朝ご飯に間に合わなかった。
溜息をつきつつ遅めの朝ご飯を食べられてからお見舞いに行く。
リハビリは順調なようでそろそろ退院したいけど、と仰る。
が、お医者様がもうちょっとと言うからと八重子先生も我慢されてるようだ。
「まだ床からの立ち上がりが不安定でして。
 それが確実に出来るようになれば帰って構いませんよ」
どうやら早期退院させて、転倒骨折で再入院がいやなんだそうだ。
俺達にしても早く帰ってきては欲しいものの、転倒事故は困る。
先生は八重子先生の愚痴を聞いては宥めている。
そのストレスは車の中で俺に発散だ。
別に良いけどね。
たまには半日くらい家を空けても良いんじゃない? 俺の為に。
そうは思うが要求されるのもストレスになるだろうし諦めた。
帰宅して食事の支度をしていると雨が降ってきて。
桜が散ってしまう。惜しいな。
「明日、庭掃除が大変ねえ」
「確かに」
情緒と言うのは余裕あってのものだな。
ご飯を食べて後片付けをして帰り支度をする。
「わ、結構降ってますね」
「車で来てるのよね、気をつけて帰って頂戴よ」
「帰るの面倒になっちゃったな」
「お仕事でしょ?」
「休みたいなあ」
「私だって…休んだら? って言いたいわよ。でも駄目」
本当に気をつけてね、と送り出されて渋々帰宅する。
雨の夜の運転は好きじゃない。
それも会いに行くんじゃなく帰るんだから億劫だ。
翌日も降り続き、折角の桜のシーズンなのに花見も出来やしない。
そんなわけで仕事も暇だ。
止んで欲しいなぁ、花見したい。
先生に余裕がないから無理かもしれないけど。
いっそ八重子先生を巻き込めば出来るかな。
当日でも外出許可はもらえるだろう。
仕事が終わり、先生のお宅へ。
お稽古しておられる間に家事を済ます。
最後の生徒さんが帰られたので水屋へ入った。
「久さん、ちょっとこっちへいらっしゃいな」
「はい?」
「お稽古つけてあげるわ。最近出来てなかったでしょう?」
「いいんですか?」
「台子は出してないから荘物か何か…そうね、茶筌飾りはどう?」
「支度してきます」
手早く用意をして、お稽古のお願いをして見ていただく。
少し手直しをされはしたものの全体的には可の評価。
「お稽古してなかった割には良かったわ」
「ありがとうございます」
「でもこのままじゃ駄目ねぇ…。お稽古の日程考え直さないと」
「そうですねぇ。律君がお嫁さん貰ったら別ですが」
「まだ早いわよ」
「そうか律君が稼ぐか…無理か、文系じゃ」
「今って大卒でも就職できないのよねぇ」
ほぅ、と溜息をついている。
先生も心配なようだ。
「ところで。散らないうちに花見しませんか」
「あら、いいわね」
「八重子先生をお誘いしてどこか行きましょうよ」
「お母さんも?」
「そのほうが先生は気が楽でしょう?」
「そうねぇ」
自分だけ楽しんで、なんて思ったりするだろうし。
片付け終えたらおかずを温め、ご飯だ。
4人で夕飯を食べる。
先生がもはや眠そうだ。
「もう寝たら?」
「そうするわ、悪いけど後お願いね」
ご飯を半分ほど残して部屋に去って行かれた。
やっぱり一昨日の疲れが尾を引いているようだ。
暫くは無理だな、これは。
先生の残ったご飯は孝弘さんが食べて始末がついた。
「さてと。洗い物をしたら私も帰るから。戸締りと火の始末はよろしく頼むよ」
「あ、はい。じゃお風呂入ってきます」
「うん」
台所を片付けて、一応茶室の炭を確かめる。
よし、問題はないね。
帰る前にちょっと先生の寝顔見てくるか。
そろりとお部屋に入って眺める。
額に縦皺つけてなにかいやな夢でも見ているのだろうか。
頭をなでているうちに穏やかな顔になってきた。
可愛いなぁ。
仕事がなければずっとこうしていたいがそうも行かない。
ある程度で諦めて部屋を後にした。
帰宅して、暗くて片付いてない自室。寂しいなぁ。
ベッドに潜り込み、溜息つきつつ寝た。

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518

翌朝、起きるべき時間になっても先生は寝ていて。
そのまま布団に残して朝食の支度に立った。
結局先生は昼前に起きてきて。お腹がすいたと訴える。
あと一時間もすれば昼飯を作るんだが…。
「冷蔵庫にカステラあるから切って頂戴よ」
「それなら」
「ん?」
「昨日孝弘さんが食べちゃいましたよ」
「あぁそう…なの。なにかないかしら…」
「買ってきましょう、ちょっと待っててくださいね」
「悪いわねぇ」
スイーツで良いだろスイーツで。
がっつり甘そうなデザートを買ってきて渡すと嬉しそうに食べ始めた。
ほほえましい。
先生は食べ終わって庭掃除を始めた。
昼飯の支度は先生がするといってるから茶室の掃除をしよう。
「ところで律は?」
「あぁ、なんか用があるからって朝から」
「そう? じゃお昼からお母さんの病院付き合ってくれない?」
「お見舞いですね、わかりました」
茶花の手入れをしている姿もいいな、うん。
丁寧に障子の桟を拭いてそれから畳を拭いて、ふと顔を上げれば最早いない。
台所から微かに物音が聞こえる。
今日の昼はなんだろう。
食事を作る音は好きだな。
小さな茶室でも丁寧に掃除をすると汗をかく。
毎日ここまではできないなぁ。
先生はやっぱり偉いや。
水屋を掃除し終え、手を洗って戻ると丁度出来たようだ。
「お父さん呼んで来て」
「はーい」
三人で食事を取って、それから先生を乗せて病院まで。
車中、先生に謝られた。
「ごめんなさいね、昨日…したかったんじゃない?」
「いや。あなたの睡眠時間のほうが大切ですからね。寝れなかったんでしょう?」
「そうなの、どうしても布団に入ると静かでしょ、いろいろ考えちゃって」
「考え事は一番ダメですよねー、布団入ってからは」
「そうなのよね。昨日はあなたもいたし、寂しくもないから、つい」
「いいよ、疲れてるんだしね」
到着して病室へ移動する。
今日は目の下にクマがないね、と八重子先生。
なんだ、心配してたのかな。
「そうなの、昨日久さんが泊まってくれたから」
「そうかいそうかい、良かったねえ
「お母さん、調子はどうなの?」
「毎日頑張ってリハビリしてるよ、早く戻らないとね」
「そんなに焦らなくてもゆっくり直したら良いわよ」
「やぁ先生、卒中後はなるべく早く、頑張らないと長引きますよ」
「でも…」
「最初に皆で手伝ったら後遺症が辛い、なんて事が良くあるんです」
「そうだよ、後悔はしたくないからね」
「八重子先生、その意気です! 手伝っていい事はお手伝いしますから」
「そうなの?」
「あ、先生は甘くても良いです」
「なぁに、それ」
「一人くらい甘い人がいないとストレスたまるじゃないですか」
「あぁそれはそうだね」
「と言うことで担当は先生で」
「ところでうちの方は?」
「昨日朝からお稽古してみたけど一人って結構大変だわね」
「そうだろうねえ。朝は少し遅めからにして時間も短縮にしないといけないと思うよ」
「うん、じゃないとお昼ごはん作れなかったもの」
「明後日は時間調整して再チャレンジします?」
「そうね、そうしようかしら」
「来月には再開して欲しいねえ」
「なるたけ頑張ります」
喋っているうちに昼のリハビリが始まってしまった。
先生は真剣な顔で見ている。
間接が固まってしまわないように、筋力を落とさないように。
初期のリハビリは本当に大事だ。
病院の帰り道に夕飯の買物をする。
一度帰ってからは面倒だからね。
そんなこんなで八重子先生がいないお教室の運営を始めたが結構大変だ。
主婦が別に一人いるから回る面もあったわけだなぁ。
今後を見据えれば稽古日を減らし、生徒数を絞らねばなるまい。
お花をメインにしていかないと時間のやりくりがつかなくなる。
だがまぁそれは先生と八重子先生で話し合うべき問題だ。
律君も学校がない時間にお見舞いに言ったり家事を手伝ったりと忙しくしている。
こういう時一人っ子は大変だ。
たまに晶ちゃんが着て孝弘さんの面倒を見てくれたり。
それでも先生はあまり愚痴は言わない。
夜になって疲れて寝てしまう日々だ。
時折思い出したように俺に謝る。
今は慣れない忙しい生活、俺にしても夜は眠いから我慢くらい出来る。
ある日ふと先生が空を見上げた。
「あぁ、もう春なのねぇ」
「春ですねぇ」
「忙しさにかまけて忘れちゃってたわね」
「仕方ありませんよ」
「暖かくなったわ、そろそろお道具も変えなきゃいけないわねぇ」
「うん、お手伝いしますよ」
茶道具から春らしい水指や茶碗を出す。
「ひな祭り、去年はあなたと美術館行ったわね。覚えてる?」
「ああ。行きましたっけねぇ。ですけどあれは節句の後では?」
「そうだったかしら。あ、そうね、ひな祭りはうちにいらっしゃいって言った気がするわ」
「今年は来てましたけど、そんな暇なかったですねえ」
「来年こそはしましょ」
「はい」
冬のイメージの強い道具は片付けて奥へやり。夏のものを手前へ出す。
「夏までにはお母さんも帰ってるからきっと…」
「あ。ベッドは必要になるかもしれませんね」
「どうかしら」
「まぁ退院近くなったらあちらの先生方と相談しましょうね」
床からの起き上がりは残った後遺症によっては難しいから。
日本家屋対応リハビリをしててくれることを祈ろう。
なんとかお稽古と仕事、家事を両立させる日々。
気づけばもうすぐ桜が咲きそうだ。
「お花見、したいですね」
「そうねぇ」
お夕飯を食べて俺は洗い物、先生は縫い物や瑣末な家事を。
茶室の掃除は俺の仕事。
明日朝一から先生がお稽古しやすいように。
「終りました」
「ご苦労様、お茶入れるわね」
先生と二人で飲んで、すっかり暗くなった外を眺める。
「帰りたくなくなるな」
「お仕事、あるんでしょ? だめよ」
しょうがない、休めないし帰るか。
今日は早めに追い出されて、帰宅後は眠りをむさぼる。
アラームがなるまで熟睡していたようだ。

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517

翌朝、仕事も手につかぬまま時間になって。
切り上げて先生のお宅へ。
先生がいない間に掃除や洗濯をした。
三時ごろ、電話があり買い物を頼まれる。
今日の晩御飯の分だ。
帰宅した先生と食事を作り、食べたらすぐにお別れ。
暫くはこういう日が続くだろう。
出来るだけサポートしようと思う。
明日は泊まっていってくれるわよね、と念を押された。
念押しせずともいつも泊まっているのに。
それだけ寂しいのかもしれない。心細いのか。
翌日の昼に伺うとまた不在、と思いきや。
居間を開けたら孝弘さんが転がってた。
「あれは茶室におるぞ」
「あ、こんにちは。ありがとうございます」
茶室へ行ってみると一人でじっくりお稽古されている。
「山沢です、入ります」
「あら。こんにちは。いらっしゃい。もうそんな時間?」
「そうですね、そんな時間です」
「ちょっとお正客してくれないかしら」
俺へのお稽古にもなるので二つ返事で席に着いた。
お茶を頂いて問答を交わす。
渇いた喉に濃茶はちょっと絡むが甘くてうまい。
こほ、と咳払いをしてしまった。
気づかれてお薄を別に点ててくださった。
「うっかりしてたわね、ごめんなさいね」
「いえ、おいしかったですよ」
「そう? ありがと」
流れるように仕舞われてすべてを片付けて襖を閉められた。
水屋に向かい先生に挨拶をする。
「お稽古ありがとうございました」
「こちらこそ」
くぅ、と先生のお腹がなる。
「お昼、まだだったんですか」
「いけない、いま何時かしら。お父さんのご飯しないと」
「してきましょうか? というかいつからお稽古してたんです?」
「6時半から支度して今まで…」
「それは随分としたものですねぇ。待っててください、支度しますから」
炊飯器を見ると食べつくした形跡がある。
孝弘さんが空腹に負けたようだ。
ご飯を新たに炊いてその間にいくつか作る。
今日は根深汁に味噌漬けを焼き、菜花のおひたし。香の物。
朝に買い物してないからこんなものだ。
「できた?」
「ええ、もうすぐご飯も炊けます。これでいいですか?」
「玉子焼食べたいわ」
「…甘いのか辛いのかどっちですか」
「今日は甘いのがいいわね」
「はいはい、待っててくださいよ」
そういえば乾燥のエビがどこかに…あった、桜海老。
出し巻きにしないように気をつけて作る。
「お父さーん、ご飯ですよー。遅くなりましたけど」
「先生、出してってもらえますか」
「はぁい」
お味噌汁を運んで席に着く。
「いただきます。あら、おいしいわね」
「お腹すいてるからでは?」
箸の進みが速い。
ぱくぱくと食べておかずが減る。
食欲魔人が二人。
先生が先に箸を置いた。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「お粗末さまでした」
残ったのを孝弘さんが全部食べる。
先生はそれをにこやかに眺めつつお茶を飲んでいる。
孝弘さんが食べ終わって先生はトイレに、俺は食器を下げて。
「久さん、ね。お買物行きましょう」
「ああ、はい」
そうか、八重子先生がいないからには買出しも行かないと。
律君と二人で買い物は時間が合わないしね。
それに女のものはたとえ親子でも買いにくいだろう。
「お父さん、すみませんけどお留守番お願いしますね。炉の火は落としてませんから」
「わかった」
いつものことゆえ大丈夫だろうが先生はちょっと過敏になっているのだろう。
助手席をいつもならねだるられるのだが何も言わず定位置に乗ってくれた。
トイレットペーパーや生理用品、ティッシュなどかさばるものを買って積み込む。
それからおかずになるものを。
帰宅してすぐ、茶室に呼ばれた。
「お稽古するから。あなた暫くお正客ね」
はいはい。
残り火から炭に火を移し湯を沸かすその間に交代でトイレを済ませ手を清めた。
そろそろ湯も沸いたようだ。
先生が少し炭を直されてお稽古が始まる。
よどみなく先生の手が動く。
何度目かのお稽古を終え、先生に夕飯の支度を頼まれた。
もう一度か二度、お稽古は出来る時間だ。
支度をして律君の帰りを待つ。
今日はそんなに遅くならないというから。
孝弘さんが空腹を訴えだした頃、先生が水屋を片付けて戻ってきた。
「律、まだかしらねぇ」
「孝弘さんだけ先にしましょうか?」
うーん、と時計を見て少し悩んでいる。
「もうちょっと待ちましょ」
三人だけは少し寂しいらしい。
孝弘さんじゃ会話にならんからなぁ。
少し待つと律君が帰宅した。
よし、出そう。
待たなくても良かったのに、と律君が言うが先生の気持ちも考えろ。
食事の後順次風呂に入って火の始末、戸締りを用心深く確かめる。
さてちょっと早いけど寝るかね。
布団を敷いて先生の寝支度を眺める。
寒くて手早く済ませもぐりこんできた。
頭を撫で、背中をなでる。
すぐに寝息が聞こえてきた。俺の胸に頬寄せて。
そういえば目の下にクマがある。
どうやらここ暫くはよく眠れなかったようだ。
俺も寝息に引き込まれ、寝た。

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516

料亭につき挨拶を交わして席に着く。
宗直さんはいないが古株のお姐さんがいる。
相手をしてもらうことにした。
会合も無事終わり、いそいそと帰宅する。
あれ、先生、来てない。
どうしたんだろう。
電話をしてみた。
「もしもし、先生? 来なかったんですか?」
『それが大変だったのよ~。おばあちゃんが倒れて』
「ええっ! どうなんですか容態っ」
『うん、なんとか意識も戻ったの。それで開兄さんも見つかったって』
「開さんも?」
『それで明日お稽古お休みにするから。あなたどうする? 来る?』
「手が足りないのなら手伝いに行きますよ」
『うん、そうして頂戴』
「とりあえず明日昼にお伺いします」
『いないかもしれないけど鍵もってるわよね』
「持ってます。勝手に入って待ってたらいい?」
『そうしてくれる? あ、ちょっと待って』
後ろで何か会話しているようだ。
『ごめんなさい、込み入った話するから後は明日』
「はい。疲れないように早く寝てくださいね」
『ありがと、じゃまたね。おやすみなさい』
「おやすみ」
電話を切ってみたものの心配だなぁ。
でもできることは何もないので早めの就寝となった。
翌日仕事が終わり次第車で駆けつけた。
やはり先生は居られなくて孝弘さんがお留守番。
律君は開さんの病院、先生は買物らしい。
「はらへった」
「はいはい、お昼は食べたんですかー?」
「くった」
「じゃ何か、そうだな、パンケーキでもいいですか」
「まんじゅうはないのか」
「ちょっと待ってて、あ、いやないみたいですよ」
「仕方ない」
台所へ入って勝手知ったる他人の家、ホットケーキミックスで作って出す。
「開さん見つかったんですってね」
ふん、と横向いた。
やっぱり。
ちょっと悔しそうにしている。
「ただいまぁ。あら来てたのー、ごめんね」
「あ、先生。こんにちは。どうですか、容態」
「これから行くのよ。これほら、入院用の湯のみ」
「それじゃ洗いましょうか」
「お願いね、着替えてくるから。乗せてってくれる?」
「はいはい」
お箸やスプーン、フォーク、コップ、湯飲みに水筒。
これを見ると軽くで済んだようだ。
洗って拭いてひとまとめにして持ち出した。
「久さん、用意いいかしら」
「いいですよ。持っていくものはどれですか」
「この紙袋と風呂敷のもお願い」
「はーい」
車に積み込んで先生を乗せ、指示通り病院に着く。
玄関で荷物を下ろし先生に待っててもらうことにした。
駐車場に止めて急ぎ戻る。
「お待たせしました」
荷物を持って病室へ。
「お母さん、どう? 調子は」
「あぁ大丈夫だよ。今日お稽古の日だけどどうしたの」
「お休みにしたのよ」
「悪いねぇ…」
「こんにちは。お元気そうで安心しました」
「山沢さんも来てくれたんだね、ありがとう」
「いえ。どうですか、ご気分は」
「もうねぇ、早速リハビリさせられたよ。最近はそうなんだねえ」
「ああ、固まっちゃうといけませんから」
てきぱきと先生が荷物を片付けている。
「あ、久さん悪いけど売店でティッシュ買ってきて頂戴。忘れてたわ」
「はーい。他何か欲しいものありますか?」
「そうだねぇ、お茶。緑茶があれば」
「絶飲食じゃないならば。看護婦さんに確かめてからですよー」
詰所に行って聞けばお茶は構わないとの事。
炭酸はやめてとの事である。
売店で購入して戻ると覚さんの奥さんが来ていた。
「こんにちは」
「あらあら、まぁ。こんにちは」
俺たちの分も買ってきてたので渡した。
「ありがと」
「あら、いいのに」
部屋から出て待合で待っていると潮さんが来たようだ。
仕事の途中だろうに。
営業ってこういうとき良いよね。
先生の携帯にメールを入れて喫煙所へ。
自販機で煙草とライターを買って一服つける。
寒いがいい天気だ。
少し安心してぼんやりしていると先生から電話があった。
そろそろ帰ると。
煙草を灰皿に押し付けて病室に戻る。
先生は八重子先生といつから稽古を再開するか話し合っていた。
「来月からでいけるかしら。でも…」
「山沢さんに初心者組を任せたらいいよ」
「いいんですか、俺なんかで」
「あら。おかえり」
「あんた一応教えられる資格持ってるんだから。そろそろ慣れなさい」
「はぁ…」
「じゃ段取りが出来たらお稽古再開するわね」
「長く休みにすると生徒さん達に迷惑だろうしねえ」
「そうねぇ」
看護婦さんが来て八重子先生は検査へ。
「じゃ私たち帰るわね」
「はいはい、ありがとうね。気をつけて帰りなさいよ」
「では失礼しました」
二人連れ立って駐車場へ移動し乗車。
「助かるわ。あ、ついでに買物したいの。お夕飯なんにしようかしら」
「んん、簡単に出来るものが良いでしょう? お手伝いしますけど」
「そうねえ」
「さつま揚げと小松菜の煮物とか、牛肉とネギと菜の花の蒸し煮でどうですか」
「菜の花あるかしら」
「そろそろ出てませんかねぇ」
「有ったらそうしましょ。それだけじゃだめだから…」
「鶏と春菊のゴマ梅和え」
「あ、おいしそう」
「鮭あるならおろし和えでも良いかな」
いくつか提案すると献立が決まってきたようだ。
途中のスーパーで買物する。
菜の花もあり、肉も買う。
鮭と玉葱のマリネをする気になったようだ。
それともやしと人参?
カレー粉で炒めるらしい。
帰宅後は先生の指示通りに支度をして帰ってきた律君に孝弘さんを呼んでもらい食べた。
うまいけど一人欠けると寂しい。
先生が特に寂しそうで帰るときに後ろ髪をひかれる思いだった。
本当なら泊まってあげたいんだけど仕事があるから仕方ない。
明日も来る、と約束した。

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